宵闇の光
知らない人間だと、男が入ってきた瞬間には思った。だがこちらをひたと見据えた相手の目を見て、記憶が蘇った。
「……あなたは──」
一月近く前のあの夜、屋敷内に侵入した者がいるとの報に、急ぎ脱出しようとしていた時。
潜んでいた奥の部屋を出て、護衛と侍女一人を従え、屋敷の者の案内で裏口へと向かった。その途中の自分たちを見つけながらも、何故か捕らえようとはしなかった、侵入者の一人。
並外れた背丈や、薄い色の髪を見ても思い出さなかったのに、目の印象だけは脳裏に焼き付いていた──護衛の背に庇われる寸前に一瞬だけ視線を合わせた、その不思議に透明な緑色の瞳。
……暗殺、という単語が頭に浮かんだ。兄王子を生かしておく限り、当然その危険は存在し続けると側近に言われた。
王子派の処分も、処刑にまで至ったのは襲撃の首謀者で王子派の先鋒だった伯爵家の当主のみで、その家族や縁続きの家に刑は及んでいない。支持者の多くも官職の解任や財産の一部没収などに留められている。徹底した重い刑罰をと主張する者もいたが、見せしめなら首謀者の処刑で事足りるし、苛烈な印象よりも温情を示した方が女王の得になる、という意見が主であったためだ。
だが、刑を免れた者が皆、すぐに現状を認めるとは思っていない。王子継承の望みを持つ者がいなくなったとは言い切れないのである。その中の誰かが処刑した貴族のように先走って、刺客を差し向けたのかも知れない……
「違う」
思いの外冷静に、考えを巡らせていたエイミア・ライに、静かな声で侵入者は言った。
「あなたが思ってるような用じゃない、女王陛下」
「……え?」
浮かんだ疑問は、すぐに危惧に取って代わる。
「どうやってここまで入って──」
侵入者が、廊下にいたであろう侍女や、隣室の護衛に見咎められなかったはずはない。……まさか、彼らは殺されてしまったのか?
「誰も殺していない。しばらく眠ってもらっただけだから、安心していい」
再び、静かな淡々とした口調で侵入者が言う──先程と同じく、こちらの考えに呼応しているかのような間で。
「あなた、一体……」
様々な思いから洩れた一言に反応して、侵入者が足を前に踏み出した。素性の知れない、しかも深夜に王宮の奥へ入り込める相手である。一見嘘をついていないと見えても、その言葉を易々と信じることはやはりできない。反射的にエイミア・ライはまた後ずさりかける。
二歩ほど前に出ただけで、侵入者は足を止めた。まだ互いの間には腕の長さ以上の距離がある。その距離を保ったまま、相手は右手を差し出した。