宵闇の光
「知りたいなら、視てみればいい。視る力が弱くても、触ればある程度は視られるはずだ」
驚きに言葉を失う。そんなことを何故知っているのか……専任者を含む神殿高官と、生活を共にしていた数人の「分身」しか正確には知らないことを。
疑惑と恐れが大半だった心の中で、次第に戸惑い混じりの相手への興味──好奇心とも言える感情が膨らんできた。まさか、という思いはある。そう考えれば説明は容易につくが……そんなことがあるのだろうか。
目の前の侵入者も「分身」の一人だなどとは。
不安が完全に消えたわけではない。しかし、今や心は、真実を知りたい感情で溢れ返っている。確かめずにいることはできなかった。
覚悟を決めて足を踏み出し、ゆっくりと相手との間隔を縮める。差し出された手に、別の不安──何が視えるか予測できない時に付きものの恐れとともに、自分の右手を近づけた。
手のひらが触れ合った瞬間、強い目眩を覚える。あまりにも急激に、相手の記憶がいくつも同時に、声や音までも伴って視えてきたのだ。そこまで鮮明に、詳細に視えた経験は今までになかった。
足がふらついたところを相手に支えられたように思ったが、今は気にするだけの心の余裕もない。
意識は全て、絶え間なく脳裏に像を結ぶ記憶に向けられる。相手の生い立ち、育ってきた環境、そして今夜ここへ来た目的……原因である女性のこと。
事情を納得するだけの記憶を視て我に返った時、侵入者の右手を両手で包み込んでいることに気づいた。相手に、支えるように腕に触れられているのも分かったが、恐れはすでに霧散している。
目眩が治まるのを待ち、一度深く息を吸い込んでから「……やっぱり」とそっと言った。
「あなたも、同じなんですね、私たちと」
この国以外で生まれた、「分身」と同じ能力を持つ人間。しかもかなり強い力を持っている人だ。
国外に「分身」が生まれることがあるなど、今まで知らなかった。それに対するのと同じぐらい、彼が心に抱く女性について、驚きを感じずにはいられなかった。見覚えがある人物だったからだ。
「彼女が、捕まっているのですか」
問いではなく、事実を整理し自分で確認するための呟きであったが、相手は律義に頷いた。
三年前、神殿に向かう道中に同行した、侍女を装った陰の護衛──その女兵士を、エイミア・ライは忘れてはいなかった。あれほどの美貌の持ち主が、そう何人もいるはずがない。
……ただ、顔はよく覚えていたのだが、名前は失念してしまっていた。正直、聞かされたかどうかさえ定かではない。王宮を離れる不安、父王とはこれで最後の別れになるかも知れないという思いとで、あの時は頭が一杯だったせいだろう。
故に、王子派一派及び投獄者の一覧を見せられても、彼女の名前に気づかなかった。格差はあれど貴族が居並ぶ中、一人だけ兵士に過ぎない者、しかも女性が混じっていることには疑問を覚えながら、その者は以前から素行不審であり襲撃者と通じていた事実も確認された、という説明は信じてしまった。