宵闇の光

 それは仕方ないなと思いながら、その上でなお、どうしても諦めて達観してしまえないことが一つだけ残っている──子供のことである。
 月のものが来ないと気づいてから二月。つまり、最後の時から数えて四月前後経っているのだから、さすがにもう疑う余地はないだろう。
 だがそれについて申告はしていない。不調を必要以上に悟られないよう、振舞ってもいる。今も上が気づいた様子がないのは、それに加えて、唯一その可能性を知るレシーが、有難くも約束を守って沈黙してくれているからに違いない。
 だからまだ、他には誰にも知られていないはずだ……もっともこの状況が続けば、遠からず確実に露見してしまう。その時、一体どうなるのか。
 侵入者を見知っていたとは認めたが、素性については今も口を噤んでいる。どれだけ問い詰められようと、名前さえ聞いてはいないと言い続けた。
 妊娠が発覚すれば、おそらくは内通の証拠の一つと受け取られ、あらためて追及されるに違いない。そして……その先は?
 最初にそう考えた時から母のことが頭から離れずにいる。文字通り、命がけで娘を産み落とした母。
 彼女が何故そこまでしたのかに思いを馳せて、今は、その気持ちが分かる心境になっていた──自らを犠牲にしても、子供を生かしたかった気持ち。
 もしかしたら、自身が出産に耐えられない可能性を、身体が弱かったという母は覚悟していたかも知れない……それでも、彼女は産むことを選んだ。
 母親とはそういうものなのだと、今ならばよく分かる。捕らえられて真っ先に考えたのは、子供を守ることだったから。
 たとえ、最終的に刑を受け命を落とすこととなっても、どうにかして子供だけは助けたいと、生きてきた中で一番強い気持ちで思った。
 思いの強さを自覚した瞬間は、自分でも驚いた。だがそうだと気づくと同時に、感情はとても自然なものとして自分の中に落ち着いた。身ごもっているかも知れないと思い始めた時から付きまとっていた不安が、いつの間にか不思議なほどあっさりと消えていたのも分かった。
 本当は最初から、その気持ちは自分の中にあったのだ。
 誰でもない、自分の子供──そしてアディの子供だから、死なせたくはない。もし、事実がどちらか一方であったとしても、同じように思っただろう。
 いつまで生きていられるかは全く分からないし、妊娠が知られた後に子供を救える保証もない。だが少なくとも今は、自ら命を縮めるような真似はできない。今、自分が死んでしまえば、確実に子供の命も消えてしまう。それだけは絶対に、自分に対して許せることではなかった。
 だから、与えられる食事はできるだけ食べるようにしている。一口も飲み込めない時もあるし、食べたところで、あまり時間の経たないうちに戻してしまうことも少なくなかったが、それでも口に運ぶことは止めなかった。時には吐くことさえ我慢した。
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