宵闇の光
わずかに摂れている栄養が、九割は子供のために……残りの一割は、自分自身を生きながらえさせるために使われるようにと願った。相当に衰弱しているのは分かっていた。だが、何かあった時のためにも、最低限動けるだけの力を備えておかなくてはならない。
──そうでなければ身が守れない。
静寂を破る音がして、フィリカは顔を音の方向へと向けた。鉄格子のずっと向こう……この牢がある区画へと下りてくる、階段のあたりだろうか。人が石段を踏み外したような、がたんという音。
誰かが下りてきたのか、と思うと同時に身構えていた。実際には床に座った状態からほとんど動けたわけではなかったが、事が起こったらすぐに対処するための心積もりだけは整える。
この牢に移されてあまり日が経たない頃、何の前触れもなく入ってきた男がいた──顔見知りでさえない兵士で、面会目的でないのは明らかだった。面会は事前に申請をし、牢番立ち会いのもと別室で行なわれるものである。
その兵士がどうやってこの区画へ来る許可を得たのかは知らないが、相手の目的が良からぬ真似にあったのは確かだった。
その時は辛うじて叩きのめすことに成功した。騒ぎに気づいた牢番によって、兵士は連れ出され、フィリカはそれ以来、手首を縄で縛られている。手加減の余裕などなかったから、反撃が多少行き過ぎていたことは、自分でも認めるところではある。覚えているだけでも、片腕と肋骨の何本かを折ったはずだった。
以降、見回りで牢番が来る以外は、人の姿を見ていない。今現在この区画にいるのはフィリカだけなのか、普段から他に人の気配も話し声もなかった。
再び、あの時の兵士のような奴が来たとしても、いいようにされる気は毛頭なかった。あの時と比べてかなり体力は落ちているにせよ、絶対に退けるつもりだ。
……もし反撃しきれないならば、その時は汚される前に命を絶つ覚悟もあるが、同時に子供も殺す結果になってしまう──それを避けるためには、何としてでも身を守らなければならなかった。
執務室を出ると、廊下の明かりはすでに大半が消されていた。見回りの当直兵のため、周囲の様子が辛うじて見える程度の、一部の照明が灯されているのみである。
──ふた月後に挙行が決まった、新女王の戴冠式。他国の王族や重要人物も招く行事であるが故に、軍は総出で警備に当たらなければならない。そのための段取りは数限りなく、事務方も務める幹部補佐は皆、人員配置などの調整に日々追われている。深夜まで一日の残務処理が及ぶことも珍しくなかった。