宵闇の光

 だがフィリカ自身は、目撃されたというその時のことは否定も肯定もしないでいる……それ以前に、何故だか一切、語ろうとしないのだ。
 面会用の部屋では、常に牢番の一人が監視しているため、あまり根掘り葉掘り聞くことはできなかった。正しくは、彼女が隠したがっていると思われることに関しては。
 だから、妊娠のことについても、ひどく遠まわしにしか尋ねられなかった──取り調べで申告したのかどうか。驚いたことに、彼女の答えは否だった。
 そして目だけで、絶対に言ってくれるなと訴えてきた。レシーがそのことを知った時と同じ、今にも泣き出しそうな、ひどく悲愴な表情で。
 フィリカの身体のことを考えるなら、従うべきではないと重々分かっている。……だがレシーに彼女が願ったのはその一点のみで、他には何一つ、聞きも頼みもしなかった。
 こんな状況でも強さを損なっていない目で、必死に訴えてきたその気持ちに背くことは、甘すぎるとは思いながらも、どうしてもできなかった。
 ……そして、釈放の目処が立たないうちに仕事が忙しくなり、彼女のために動ける時間が極端に減ってしまった。合間を縫っての面会も、近頃は彼女自身に断られ続けているために叶っていない。
 やはり、こんなことになる前に、フィリカをもっときちんと説得すべきだったのだ──子供は引き受けるから、すぐに軍を辞めて自分と結婚するべきだと。
 もちろん、中絶という選択肢はあったが、彼女がそれを恐れているように思えたのだ。ほのめかしただけでも嫌がる様子を見せたから、それ以上は強いないでおいた。下手にそういう処置をすると、二度と子供を産めない身体になる可能性もあると聞いたこともある。
 フィリカがもし、産みたいと少しでも思っているのなら、その気持ちを尊重してやりたかった。全くためらいを覚えなかったと言えば嘘になるが、彼女が承知してくれるのなら自分が子供の父親になろう、そう考えた。
 だが、彼女はその申し出を受けようとしなかった──それはあまりにレシーに対して失礼だからと。最初から一貫して首を振り続ける彼女に、そんなことは気にしないと何度も言ったが、駄目だった。
 頷かないまま、フィリカは周囲に妊娠の事実を隠し続けた。手を打たなければいずれ露見して、確実に面倒なことになると分かっていながら、堕ろそうとはしなかったのだ。
 ……彼女の、相手の男に対する執着を、感じないわけにはいかなかった。そうでなくて何故、あれほど軍人でいることにこだわってきたフィリカが、上に知られれば強制除隊になる可能性を承知で、子供を始末せずにいることがあるだろうか。
 結婚の申し出を受け入れないのは、言った通りの遠慮も確かにあるのだろうが、それ以上に、相手への想いで今も心が占められているからなのだろう。彼女の強情さを思うにつけ、そうとしか考えられなかった。
 そこまで考えた時、思い当たった──彼女の異変に気づいたときのように唐突に。何故、今まで思い至らなかったのか。
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