宵闇の光

 フィリカが、問題の時のことにだけは口を噤み、目撃者の言い分を認める態度でいる理由。当の相手が関わっていると考えれば、簡単に納得がいく。
 その男の素性は全く聞いていない。というより、複雑な感情を覚えるが故に、敢えて追及してはいなかった。だから予想でしかなかったが、行方が分からなかった数日間に森林地帯の中で出会うような人物なら、普通の素性とは考え難かった。……もしかしたら侵入者自体がその男だったのかも知れない。
 確かめなければ、と思う。確かめてどうするという当てもなく、ましてや、そうすることで助け出せるのかどうかも、見当がつかない。
 だがともかく、この推測が当たっているのなら、フィリカが自らを救うために釈明を行なうことは、万に一つもないだろう。それにより極刑に追い込まれても──それだけは、見過ごせなかった。
 何とかして再度会って、説得を試みなくては。
 未だ刑の宣告が為されていない事実からすると、彼女を投獄したことで、イルゼ家はひとまず溜飲を下げたとも考えられる。だが、いつまでそれが続くか、いつ気を変えるかは分からない。一刻も早く会う必要がある。
 気がつくと踵を返して、王宮へと向かっていた。途中誰にも会うことなく、深夜にもかかわらず入り口には何故か門番の姿も見当たらず、思いの他すんなりと目的の場所にたどり着くことができた。
 そこまで来てようやく、少し頭が冷えた。……これからどうするか。仮にも投獄中の罪人に、簡単に会わせてもらえるはずもない。
 牢番は二人一組で、一人は専任、もう一人は一月ごとの交代で軍から兵士が派遣される。今月の当番が同期など親しい相手なら頼みようもあるかも知れないが、あいにく、顔しか知らない人物だった。
 どうしたものかと悩みながら、やや距離を置いて地下に続く階段の入り口を見ているうちに、ふと気がついた。先程から一向に、牢番の姿が見えない。
 見回りに下りているとしても、どうも長すぎる気がする。そもそも、二人ともが見当たらないというのは、普通ならあり得ない。
 妙だなと思った時、まさに階段の方向から、人の声とおぼしき音がした──しかも、短い悲鳴のように聞こえた。
 地下への階段は、周囲が石の壁である上に、長く吹き抜けのようになっているため、声や音が響く。だから、心理的な状況も合わさって別の音がそんなふうに聞こえただけかも知れない。
 ……そう思って胸騒ぎを抑えようとしたが、うまくいかない。考えれば考えるほど、人の声だったとしか思えなくなってくる。
 レシーは覚悟を決めた。階段のすぐ傍まで急いで近づいて耳を澄ませ、目を凝らしてみる──地下へ延びる階段は不気味なほどに静かで、暗い。だがその暗闇の中に何かが、石段の途中に引っかかるように横たわっているのが、灯された数少ない照明の光によって見えてきた。
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