宵闇の光

 次第に、誰かに見咎められるという危惧よりも、確認しなければという意志の方が勝ってくる。細心の注意を払い、音を立てぬよう、足を踏み外さぬように一段ずつ慎重に下りていく。
 十数段を下りたあたりで、横たわっているものの正体が分かり、息を呑んだ。知り合いではないが見覚えのある兵士──牢番の一人に違いなかった。気を失って倒れているのだ。
 ……もう一人はどうしたのか、という当然の疑問が浮かぶ。
 見回りに行っているのかも知れないが、この兵士が放置されたままなのはおかしい。その牢番が何かの理由でこんなことをしたのだろうか、と考えて、はっとする。
 ここに入れられてから一度、フィリカが襲われかけた事実を思い出した──犯人は、その日に牢番に就いたばかりの兵士だったらしい。何度目かの面会以後、彼女が手首を縛られていたのは「必要以上の怪我」をそいつに負わせたため、「凶暴性を不安視された」のだと聞いた。
 思い出すと同時に、階段を駆け下りていた。靴音が高く響いたが、もはや周囲に対する注意は払っていられなかった。
 もし、また彼女が、牢番に襲われるようなことがあったら。一度目の頃とは違い、確実に衰弱の度を深めているだろうし、手首の拘束は今も解かれていないだろう。二度目も彼女が無事でいられる確率は限りなく低く思えた。
 どこまでも続くかのように長く思えた石階段の、一番下にようやくたどり着いた。そこで待っていたのは予想外の静けさだった。……いや、よく耳を澄ますと、暗い通路の先で微かに物音がする。
 加えて人の声──囁くような話し声で、叫び声や悲鳴ではなかったが、一番奥の牢にフィリカが捕らわれているという事実だけで、不安を煽られる理由には充分すぎた。
 焦る気持ちとともに通路の半ばまで走ったが、そこで足を止めざるを得なかった。目の前に人影が立ち塞がったのだ。
 驚くほど長身のその人物は、何か大きなものを抱きかかえていた──足元さえよくは見えない程度の明かりしかなく、おまけにそれは大部分がすり切れた毛布で覆われている。
 だが、顔が見えなくともレシーには、抱えられているのがフィリカだと分かった。暗い中でも、この人物が彼女が入れられていた牢の中から出てきたのは、見えていたのだ。
 「……何者だ、おまえ」
 そう聞いたのは、すぐ横の壁際に、牢番の制服を来た人間が倒れているのに気づいたからだった。だから相手が牢番ということはあり得ない。
 「彼女をどうするつもりだ?」
 続けて口にした問いに、相手は少し表情を動かしたように見えた。フィリカを連れ出してどうするつもりなのか。何としても阻止しなければという決意を込めて、相手を睨みつける。
< 128 / 147 >

この作品をシェア

pagetop