宵闇の光

 暗さに目が慣れ、徐々に見えてきた姿は男だった──こちらより確実に頭半分は背が高い。妙に白っぽい髪をしているが、どう見ても二十代以上ではなさそうである。だが年齢がどうであれ、見知らぬ男には違いない。
 相手は無言のまま、わずかな困惑の表情でこちらを見ている。レシーにどう対応するか──牢番と同じようにしばらく眠らせるか、あるいは別の方法を取るか迷っているようにも思えたが、警戒を解く気は当然起こらなかった。
 問いを繰り返そうとした時、男が目線を腕の中に落とした。同時に、フィリカがわずかに動いたように見えた……それは気のせいではなく、毛布の中から手がのぞき、男に差し伸べられる。どうやら彼女は、意識がある状態らしい。
 男が、フィリカの顔があると思われるあたりに、自身の耳を近づける。ぼそぼそと低く小さな会話の合間に、男は二度ほど顔を上げてレシーを見た。先程とは明らかに違う、遠慮がちな表情を何故か浮かべて。
 ──まさか、と思った。だが。
 「……あんたが、彼女の相手なのか?」
 口が勝手にそう動いていた。
 弱っているに違いないとはいえフィリカが、意識ある状態で抵抗せずに抱きかかえられるままになる男など、他にいるはずがない。高熱で倒れそうだった時さえ、レシーに対しては肩を借りることすら拒否した彼女が。
 その男が何故、どうやってここに来たのか……いや、理由に関しては考えるまでもない。彼女を助け出しに来たのだ。フィリカを見つめる男は真実、心から気遣わしげな目をしている。同じく彼女を想うが故に、それは確信できた。
 男はやはり無言だったが、今度は頷きを返した。それを認めた瞬間、胸に石を詰め込まれたような、ひどく重い心地がした。
 彼女が、今度は心だけでなく、存在ごと奪われていく──レシーの目が決して届かないところへ連れて行かれてしまうのだ。……そしておそらく、二度と会えない。
 連れて行くなと、止められる立場なら良かった。だが自分にそんな権限はないし、この状況からフィリカが脱せるなら、その方が良いに決まっている。
 理屈で、叫びを上げる感情を苦労して制御した。だがここで彼らを行かせたとしても、気になることはいくつもある。感情的になりそうなのを何とか抑えながら、レシーは尋ねた。
 「ここを出て、行く当てがあるのか。それに追っ手がかかったらどうする? 彼女を守れるのか」
 フィリカが逃げたことは明日のうちには露見するだろう。真実はどうあれ政治犯扱いの罪人を、国が見逃したままでいるとは思えない──殊に、イルゼ家が個人的に目をつけているともなれば。
 矢継ぎ早に、そして真剣に発した質問に、男は少しの間を置いて、初めて声に出して答えた。
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