宵闇の光
【12】未来の希望

 コルゼラウデとの国境近くの小さな町、ギルア。
 ラグニードに手配してもらった馬車でアレイザス国内に密かに入り、町に着いた頃にはとうに夜は明けていた。しかし今、幌付きの荷台から見える空の大部分は雲で覆われて、陽は隠れている。
 空気が夜よりも湿り気を帯びてきている状態からすると、今日中に雨になるかも知れない。そう考えながら、アディは目的の家の場所を指示する。
 昨日のうちに事を済ませられて良かったと思う。雨が降って道が悪くなれば、馬車の速度はどうしても遅くなる。ただでさえ、コルゼラウデの王宮に忍び込むための段取りに、思った以上に日を費やしたのだ。今は一刻も早く、彼女を薬師の元へ連れて行かなければならなかった。
 荷台の中、すぐ横に寝かせているフィリカの様子を窺う。連れ出して数刻経つが、その間、彼女は眠ってはいないようだった。目は閉じているものの、近寄って顔や身体に少しでも触れると、すぐにまぶたを開く。馬車の揺れが気になって眠れないのだろうか、それとも……
 早く診てもらわなければという焦りをあらためて感じた時、揺れが止まった。
 馬車とともに雇った御者の呼びかけに応じて確認すると、確かに指示通りの場所に着いていた。礼を言って金貨数枚を渡し、急いでフィリカを荷台から下ろす。出発前、先に集落へ戻るラグニードと別れる際に前金で支払ってはいるが、ここまで安全に、且つ予定より短時間で走ってくれたので、上乗せしたのである。
 早朝の静けさの中、音を響かせながら遠ざかっていく馬車から視線を転じ、アディはその建物を見上げた──といっても平屋建ての古い小さな家屋であり、看板や表札の類は一切掛かっていない。扉の横に付けられた、白い布を長く垂らした照明が、ここを薬師のいる場所だと示す唯一のものである。
 塞がった両手がうまく使えないため、やむなく足で扉を叩いた。診療開始はまだ一刻以上先のはずだが、多分もう起きているだろう。
 思った通り、それほど待たないうちに、扉の向こうから応じる声がした。小走りの足音が止まり、内開きの扉が開けられる。
 あら、と唇だけで呟いた女薬師の、こちらを見上げる顔には親しみと驚き、そして扉を足で叩いたことにはっきり気づいている含み笑いがあった。
 普段なら、まずは三番目の感情を小言にして出すに違いないが、アディが抱えているものの存在に気づき、些細な説教をしている場合ではないと思ったらしい。表情が一気に驚きに集約される。
 「どうしたの、こんな早い時間に──それに、この人は?」
 普通の女と比べても背丈の低い方であるカジェリンは、懸命に背伸びをしてアディの腕の中を覗きこむ。ただならぬ状態だと察した薬師としての職業意識が、切り込むような口調にも表れていた。
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