宵闇の光

 「この子供が何かしたのか」
 彼らの反応は無視して問うと、男たちは口々に、
 「何か、だと? いきなりぶつかってきやがったんだよ、このガキが」
 「服まで汚しやがったくせに、謝りもしねえ」
 と喚いて示す先を見ると、確かに一人の上着の裾に、こぶし大の茶色い染みが付いていた。若様が手にしている、飴菓子の溶けた部分が当たったものらしい。ふてくされた表情でそっぽを向いている少年が謝るとはアディも思えなかったが、
 「だから、これで勘弁してほしいと言ってるじゃありませんか」
 謝らせる努力もせずに金銭を持ち出してくるお守役もどうかと思った。子供にとって良くないのは当然だが、相手をつけ上がらせることにも繋がる。
 案の定、四人の頭らしい金髪の男は、「そんなんじゃ足りねえな」という答えを返してきた。
 「こいつの服を弁償する気があるんなら、その五倍は貰わないとなあ。だろ?」
 金髪の男も、聞かれた男たちも、揃って薄笑いを浮かべている。どう見ても、お守り役が差し出した金額の三分の二程度で買えそうな、安っぽい上着であった。
 そんな無茶な、と半ば泣き声のお守り役と少年を後ろにかばう形で前に進み出る。自分たちより頭半分は長身のアディに、四人組はわずかに気圧された表情を見せた。
 「確かにこっちも悪かった。だがそっちの要求は明らかに無茶だ。この金額で承知できないのなら、無理矢理言うことを聞いてもらわないといけなくなるが……お互いに不本意だと思うがな」
 「ちょっと待て、それはこっちの役目だ」
 それまで脇で黙っていた護衛役が、唐突に前に出てきた。すでに剣を抜きかけている。
 いつの間にか、周辺には人がいなくなっていた。少し離れた位置まで下がり、こちらの成り行きを見守って──というより、見物していると言うべきだろう。不安よりは好奇心の強い視線が、あちらこちらから降り注いでいるのが嫌でも分かる。
 「へえ、あんたが?」
 男たちの薄笑いが一層強くなった。護衛役の青年は、見た目こそ平均的だが、動きにいちいち物慣れない雰囲気が付きまとっている。おそらく、実戦の経験はほとんどないのだろうと思われた。
 アディが止めるより先に、護衛役は剣を抜いて男たちに向かっていった。舌打ちしたい気分で様子を見ていたが、最初から実力差は歴然としていた。
 金髪の男と数回打ち合っただけで、護衛役はすでに息を切らしている。押されているのは誰の目にも明らかだった。青年は剣を持ち直し再度の突進を試みたが、相手の間合いに入った途端に剣を跳ね飛ばされ、その勢いで石畳の道に尻餅をついた。
 ひっ、という声に振り返ると、お守り役の顔色は青を通り越して白かった。若様ももはやふてくされているような余裕はないらしく、青ざめたまま茫然としている。
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