宵闇の光
彼女の言うことはよく理解できるのだが、同時にもったいないと感じる気持ちもある。確かに地位や経験の面からすれば格上が何人もいるが、純粋に実力で比較すれば、ほとんどの連中には引けを取ることはないだろうと思っているからだ。
何年も近くで見てきたから、それはほぼ確信に近かった。
「そもそも、こんな時にあんなお遊びをやるつもりなんて馬鹿げてる」
「あー、まあな……多分、王子が観たがってるんだろう。陛下はそんな状態じゃないだろうしな」
軍内の役所的施設である本館を抜け、宿舎へと続く通路まで来ていた。辺りを憚り一応は小声だが、彼女の声は少々険しい。国王が長患いで容態が最近芳しくないのは周知の事実であり、普段は思慮のある王子が時折子供っぽい言動を見せることもまた、王宮に関わる職の者なら大抵が知っている。
「けど、話はそれだけじゃなかっただろ?」
彼女は答えない。それぞれの宿舎への分かれ道に差し掛かる直前、思いきって踏み込んでみる。
「昇進の内示もあったんじゃないのか、フィル」
思惑通り、彼女はその呼びかけで足を止めた。
近づいて向き合っても、目線の高さはあまり変わらない。女としては格段に長身なフィリカに比べ、レシーはごく平均的だった。
「おまえんとこの隊長が、次の辞令で異動するのは確実だって聞いてる。そうなると席が空くし、副長のおまえが上に行くのがそれこそ当然だろ? もう四年目になるんだし──もしかして、それも拒否したのか」
最後の質問を付け加えたのは、相手の目に浮かんだ表情を見たからである。彼女は頷かなかったが、否定もしなかった。
その結果も、予想していたことではあった。だが確定した途端に、納得できない思いにも襲われる。
「……なんで、そんなに嫌がるんだ」
気づくと、そう口走っていた。
「一回も昇進してない訓練生なんておまえぐらいだぞ。最優等で修了しておきながら、って変な陰口を叩く奴らがいるのを知らないわけじゃないだろう」
普段言わずにいることだけに、いったん口に出すと止まらなかった。それでなくとも、彼女に感じているもどかしさは近頃、大きくなるばかりなのだ。
「──ずっと、今のままでいるつもりなのか。昇進拒否し続けながら、それでも辞めないで?」
窓の外に広がり始めた薄暗さのような、いくぶん重い沈黙が互いの間に下りる。重さを辛く感じたがそれでも彼女の答えをレシーは待ち続けた。
時間が、かなり経ったように思えた頃。