宵闇の光

 絵姿は残っていないし、当然フィリカ自身の記憶にもないが、母代わりに面倒を見てくれたロズリーはそう言っていた。母の世話係兼話し相手で、結婚する時にも付いてくるほど近しかった彼女の言葉だから、間違いないだろうと思う。
 生後間もない頃から、フィリカは母の面影を色濃く宿していたらしい。成長とともにますます母にそっくりになっていくと、何度言われたことだろう。
 それを口にするたびにロズリーは涙ぐんだ。
 ……そして父は、フィリカの顔を見るたびに、何とも言えない表情を浮かべた。時にははっきりと目を逸らした。
 母は旧家の出だったという。
 家名は一度も教えてもらえなかったが、かなり昔から続いていた名門だったらしい。しかし両親が出会った頃は、すでに名ばかりの家になっていた。
 それでも、家柄では格下だった父との結婚を、母の家族は決して許さなかったという。説得を諦めた母が選んだのは家を出ること──少女の頃から共に育ち、親友でもあったロズリーと一緒に、父の元へ行くことだった。
 父は才能豊かな軍人であったが、それから半年もしないうちに、怪我が元でやむなく一線を退いた。軍から支給される年金と、わずかに残された財産での質素な生活だったが、
 『ご両親は満足してらっしゃいましたよ。一緒に暮らせるだけで幸せだからと』
 ロズリーが、微笑みながらそう話していたのを今も思い出す──私もそんなお二人を見ているのが嬉しかったのです、とも言っていた。
 けれどその暮らしは二年と続かなかった。生来身体が丈夫でなかった母は、出産の負担に耐えられなかったのだ。悲嘆に暮れる父は、生まれた娘を見た直後から部屋に籠りきりになった。そして数日後に出てきた時には、娘を男として扱い、育てることに決めていたのだった。
 ──愛する女性と引き換えに生まれてきたのは、彼女によく似た娘。
 その事実を目の当たりにした時、父は何を考えたのだろう。一度として聞いたことも聞かされたこともなかったが、父がひどく打ちのめされ、負った傷が何年経とうと消えなかったことは確かだった。
 フィリカが訓練生になれる年齢に達するまでの十四年、父は使える限りの時間を、我が子が優秀な軍人になるよう教育することに費やした。結果としてフィリカは、女では初めて最優等の成績で、過程を修了するまでに成長した。
 ……そのことを実家に手紙で知らせた数週間後、軍に正式入隊したのと前後して、父とロズリーは帰らぬ人になった。町で当時流行っていた、質の悪い風邪をこじらせたのだと薬師には言われた。
 自分が、形だけでも上を目指す気をなくしたのは多分それ以降だと思う。どんな課題にも訓練にも耐えてきたのは、父に認められたい一心でだった。
 父は、覚えている限り娘に笑いかけてくれたことはなかった。だが、本当にごく稀に、とても簡潔な表現ながらも、誉めてくれることはあったのだ。その言葉を聞きたかったがために、ひたすら必死に努力してきた──誰よりも優秀であろうとして。
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