宵闇の光
今年二十二歳になる王子は文武ともにかなり優秀な素質の持ち主で、多少子供っぽい一面があるものの性質は温厚であり、人望もそれなりに得ている。女王の先例がある国とはいえ、基本は男子継承が望ましいと考える者も少なくはなく、王女が「普通」だと思われていた頃から、どちらが後継者となるかは論争や対立の種であった。
故に、王女が「分身」であると判明してからは、それまではあくまで水面下だった対立が表出してきた。王に仕える者たちの大半が、王子への王位継承確定を目論む一派と、嫡子としての王女をなおも推す一派とに分かれることとなったのだ。
その対立はすでに六年近く続いている。国王が重い病で床に伏した半年ほど前からは、さらに人目を憚らない争いになりつつある。
王女と王子、どちらに王位を継がせるか、国王は今に至るまで明言してはいない。
二年前、エイミア・ライが十五になった直後、国王はようやく彼女を神殿に入れた。これでユリス・ルーが後継者となることは確実と誰もが考えたが、何ヶ月も経たないうちに、神殿入りした王女に国王が度々面会しているとの噂が流れ始めた。
王族といえど、神殿に入って最初の一年は外との接触は原則として禁止、その後も神殿側が認めた相手と機会にしか面会できないことになっている。
国王の変わらぬ溺愛ぶりに、眉をひそめると同時に不安を覚えたのは、当然ながら王子派の面々だった。国王はまだ王女に未練がある、いずれ何らかの特例を設けて彼女を呼び戻し王位を継がせる気かも知れない──彼らはそう考えた。
その疑念は今も消えてはいない。王子が成人し、国王の容態がいつ急変するか分からないとさえ囁かれている現在、両派はすでに一触即発の手前にまで至っていた。
もしもの事態になれば、直接的な争いは避けられないだろう。場合によっては、建国後初の内戦に発展するかも知れない──内情をある程度知る者たちの心に、少なからずそんな不安が付きまとうほどの状態となっていたのである。
春が近づいているとはいえど、夜はまだ冷える。
特に今夜は、昼の暖かさが嘘だったかのように、底冷えする空気が森の闇の中を満たしている。
くすぶり始めた火種を枯れ草に、そして枯れ枝へと慎重に燃え移らせ、小さな焚き火を形作る。
一段落してようやく、アディは荷物の傍に腰を下ろした。
周囲に人の気配は全くない。それは当然だった。
この森の、こんな奥にまで入り込んで来る者は、めったにいないだろう。ましてやこんな寒い夜に。
大陸を二分する山脈には、長い距離に渡って標高が比較的低くなる部分がある。そこに広がる広大な森は、森林地帯と呼ばれていた。