宵闇の光
襟付きの衣服の、袖が裂けた箇所に手を添える。服を含めた周辺が血まみれな上に、明かりが充分でないので傷口が見えにくいが、相手と状況を考えるとその服も脱ぐようにとは言えない。代わりに、
「悪いけどこの袖、破っていいか」
この裂け具合と汚れ方ではもう着られないだろうと思いつつも、念のため確認する。彼女はすぐに三度目の頷きを返した。
袖の上部を押さえてもらい、繋がっていた残りの部分を引きちぎる。……見たところ、幸い骨までは達していないようだ。だが決して浅い傷とは言えない。傷の上を縛り直し、気付け薬兼緊急の消毒用に持ち歩いている蒸留酒を吹きかける。
その間、彼女は微かな呻き声さえ上げなかった。
しかし強く握りしめた右手と歯を食いしばる様子は隠せない。アディはなるべくそれを視界に入れないため、ひたすら傷口の周囲を拭いてやることに集中した。
「……できたら、縫った方がいいんだがな」
この深さだと、自然に塞がるには相当な時間を要するだろう。後々のことも考えればきちんと縫合すべきだが、当然ながら近くに薬師はいないし、夜中に森を抜けようとするのはかえって危険だ。
そう考えてはいたが、アディ自身は一言も口にしたつもりはなかった。しかし一部が無意識に声になっていたらしく、彼女が目を上げてこちらを見る。それで初めて、自分が何か言ったのに気がついた。
目をまともに見つめられて、思わず手が止まる。……炎の赤い光を反射してなお青く輝く瞳から、目が離せない。そのまま見つめていたら、どこか本当に抜け出せない場所に入り込んでしまいそうな──
アディが抜き差しならない気分に陥りかけた時、彼女の方から視線を外してくれたので、心底ほっとした。だが安心も束の間、脇に置いた上着をいじり始めた様子に、何故か不安を覚える。
上着のどこかから取り出した小さな包みを、彼女はアディに差し出した。
「針と糸、入ってますから」
とだけ口にして、こちらが包みを受け取るのを待っている。それで傷を縫ってほしいと言われているのだと気づき、今度はアディが息を呑んだ。
「な、──今、ここでか?」
驚愕したあまりに尋ねてしまったが、彼女は当然そのつもりなのだ。本気なのは目を見れば分かる。
仕事柄、傷を縫った経験が皆無ではないが、当然ながら傭兵団の仲間に限られたことであり、他の相手に処置したことはなかった……ましてや女に対しては。相手が普通の女でなく職業兵士なのは分かっていたが、それでもためらわずにいられなかった。