宵闇の光

 アディの躊躇を見て取り、彼女は眉を寄せる。そして包みを自ら開けようとしたのではっとして、何をする気だと聞いた。彼女は顔を上げずに、
 「自分で縫います」
 簡潔に、断固たる口調で答えた。
 ──彼女は、本当にそうする気でいる。
 「分かった。ちょっと待ってくれ」
 目の前でそんなものを見せられるぐらいなら、引き受ける方がまだましだと思った。包みを受け取って中身を取り出し、酒と火で針の消毒を行なう。
 その間に、彼女は先程アディが破った袖を口に押し込み、舌を噛まないよう準備した。そしていつでも左手でつかめるように、上着を傍に引き寄せる。
 針穴に糸を通し、こちらの準備も整った。深呼吸をして覚悟を決め、再び彼女の腕に手を添える。
 一針目を刺した瞬間から、手の下で肌が引きつったのが分かったが、ここでまた躊躇してはいられない。彼女の様子にはあえて気を払わず、ともかく針を動かし続ける。……それでも視界の端には、彼女の顔から落ちる汗や、懸命に腕を動かすまいとして震えている握りしめた右手が見えていた。
 文字通り息が詰まる空気の中、ようやく最後の一縫いを終える。針と残った糸を片付け、再度の消毒をしてから、手持ちの薬を彼女に渡した。幸いに化膿止めがまだ残っていたのだ。
 彼女は素直に薬を飲んだ。自身の小さな荷袋から汚れていない木綿の布を取り出し、アディがそれを包帯替わりに巻くまで待って、苦労して上着を着直す。袖に腕を通す時、反射的に手を出しかけたが、彼女は首を振ることで手助けを拒否した。
 故に、焦燥を感じながらも、彼女が上着の留め具を全て付け終えるまで見守るしかなかった。
 一番上を留めた後、彼女は唐突に深く俯いた。顔を上げるのを、もしくは何か言うのをアディは待ったが、長すぎる間が経ってもどちらも起こらない。
 さすがに妙な気がして声をかけたが、反応がない──思いきって顔を覗きこむと、目を閉じている。
 まさかと思いながら肩に手を置くと、その拍子にぐらりと彼女の身体が傾いだ。前のめりになったところを慌てて支える。肩で、深い呼吸の音が聞こえた。……眠ってしまっている。
 張り詰め続けていた緊張の糸が、ここに来て一気に切れたらしい。力の抜けた身体を支え直してやりながら、アディはため息をついた──呆れと感嘆とが同程度に入り混じった気持ちで。
 たいした女だと、あらためて思う。気を失うのが縫合の直後ではなく、自分で服を着直すまでは耐えるとは。
 焚き火に近い、且つなるべく平らな箇所を選び、怪我に障らない姿勢にして地面に寝かせる。少し考え、防寒用に携帯しているが使ってはいなかった外套を掛けてやった。丈が短い形なので腰までしか覆えないが、ないよりはましだろう。
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