宵闇の光

 ──見た目は控えめだが驚くような強さを併せ持つ、純白の花。真冬の雪の中に芽を出し、まだ春遠いうちに自ら雪を割って咲くその姿は、闇の中に射し込む細くかすかな光にどこか似ている。
 そういう、慎ましさと強さを同時に表すような花の名前を彼女に付けたのは、やはり両親なのだろうか。……そういえば、彼女の家族はどうしているのだろう。
 沈んでいきかける思考を、そこでようやく現実に戻した。……まただ。何故彼女に──フィリカについて考え始めると、裏を詮索するような方向にまで思いが及ぶのか。他人の生活環境──どんなふうに育ったのか、家族はどんな人々なのか、気になったことは今までほとんどなかった。例外はせいぜい数人、ボロムやラグニードといった極めて身近な相手ぐらいである。
 これ以上深く考えないために、アディは食事の準備に集中することにした。消えかかっている火種から火を熾し直し、手持ちの道具を使い湯を沸かす。
 食事といっても携帯食──干した肉や乾燥穀物などの、ごく簡単なものだ。それらを湯でいくらか柔らかく戻しながら、少しずつ食べる。アディが自分の分を胃に収め終えた頃、フィリカの方はやっと半分ほどを食べたところだった。
 それを横目に見ながら、使っていた器を軽くすすぎ、携帯食の中の干した葡萄をあるだけ放り込む。辛うじて浸る程度に湯を注ぎ、柔らかくなったのを見計らって実を潰し、さらに湯を足す。いつだったか、知り合いの女薬師に聞いたことがあった。
 『貧血の時には、これがわりと効くのよ』
 フィリカがようやく食べ切ったのを確認して、応急の薬を作り終えた器を差し出す。きょとんとする彼女に説明した。
 「怪我で、結構血が出ただろう。これ飲んどいた方がいい」
 血液の状態が戻るまでにはそれなりに時間がかかるはずだ。どれだけ効果があるかは分からないが、少しでも助けになるならそれに越したことはない。
 受け取ったものの、フィリカはしばらく、怪しげなものを見るかのように器の中を凝視していた。だが匂いを嗅いで大丈夫だと判断したらしく、慎重に少しずつ、飲み始める。音はあまり立てずに。
 ゆっくりと薬をすするフィリカの様子を見つめながら、彼女はこれからどうするつもりだろうと思った。一連の事情はすでに視ていたから知っていて、アディなりに整理もしている。
 ……やむを得ない状況だったとはいえ、結果的に彼女は、任務を放棄して逃げてきた形である。戻って何らかの処罰を受けるのか、事情を説明すれば酌量されるものなのか、どちらになるのかは分からない。自分なら絶対に後者だと考えたが、判断を下すのは当然ながらアディではない。
 だが、本来は何の咎もないフィリカが罰せられる光景など、想像したくはなかった。彼女を傷つけた元凶は身分だけは高い人間だから、正直に釈明したとしても取り上げられないかも知れない……悔しい話だが、そういう現実の方が世間には多いのだ。
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