宵闇の光
いっそ、このまま国には戻らずに、別の場所で暮らしていく方が良いのではないか、そんなことまで考えてもいる。行く先の心当たりはあった。アレイザスの国境近くの町に住む女薬師、カジェリンの所だ。彼女になら安心してフィリカを預けられるし。身の振り方も決めてくれるだろうと思う。
──しかしどれだけ考えようと、決めるのはやはりアディではなく、フィリカ自身だ。
だから、彼女が薬を飲み終えて返してきた器を受け取ってから、
「少しは楽になったか? ……そうか。ところで、これからどうするつもりだ?」
最初の問いに頷いたフィリカに、なるべく穏やかに尋ねてみた。
彼女は間髪入れず「帰ります」と言い、驚愕したことにすぐさま立ち上がろうとする。アディは思わず、相手の身体ごと抱え込んでその動きを止める。……半ば抱きしめるような格好になってしまい、彼女が身体を強張らせるのも分かったので、さっと身を離し、昨夜と同じく両腕を押さえる形に変えた。
急に動こうとしたからだろう、フィリカは息を切らし、目眩を起こしたような表情をしている。顔色もまだ、青いどころか白っぽく、血の気がほとんどない状態だ。
「落ち着け、まだ動けやしない。自分でも分かってるだろう」
フィリカは答えず、表情も無に近かった。だが伏せた目つきが、立って歩ける状態ではないのを分かっていながらそれを認めたくない、と明らかに言っていた。
そこまでして早く戻らなければならないと思う、どんな理由があるというのか。そう考えた時、またもや彼女の記憶が、腕をつかんでいる手を通して伝わってくる。
「──────」
今視たことを、どう表現すればいいだろうか。またしても多くの記憶を一度に取り込んでしまった戸惑いもあるが、それ以上に──フィリカの生い立ちを一部ではあるが目の当たりにした今、彼女に何と声をかければいいのか分からない気持ちになった。あまりにも……そう、切なすぎて。
長すぎる沈黙に、今度はフィリカの方が先に疑問を覚えたらしい。腕を押さえたまま微動だにせず、顔を見つめるばかりのアディを、不審と戸惑いの混ざった目で見上げてくる。
視線に気づき、反射的に手を離した。取り繕えるかどうかは分からなかったが、咳払いを一つする。そしてあらためて口を開いた。
「──事情は分からないけど、今から戻って大丈夫なのか? 何の咎めも受けずに済むのか」
そう聞くと、案の定フィリカはまた視線を落とした。おそらく、アディが考えたのと同じようなことを予測しているのではないだろうか。
「……あのな。こういう話は気に入らないかも知れないが、一応聞いてくれるか。もし、国に帰らない心積もりが少しでもあるなら、俺の知り合いを紹介する。アレイザスで薬師やってる女だ。そこなら、しばらく厄介になっても問題ないから」