宵闇の光
再三顔を上げたフィリカの目には、先程とは違う感情がかすかに浮かんでいた──好奇心のような。
「恋人、ですか?」
他意のない口調でそう尋ねられた時、後で思い返すと自分でも驚くほどにうろたえた。
「いや、そんなんじゃない。全然違う。姉みたいなというか母親っぽいというか……親代わりの人の、古い知り合いなんだ」
できるだけ平静な口調で話したつもりだが、そう聞こえていたか否かは不明である。説明しながらも内心はまだ、彼女の勘違いに動揺していたのだ。
説明を信じたかどうかは分からないが、フィリカがそれ以上は追究してこなかったので、心底ほっとする。もう一度咳払いをしてから聞き直した。
「……で、どうする?」
フィリカは引き結ぶ。少しの間の後、
「──いろいろ、ありがとうございます。でもやっぱり、私は帰ります。……帰らなければいけないんです」
強く、思いつめた声でそう言った。決意の裏に抱えているものがどれだけ強固なのか、何も知らなかったとしても窺えるような声と、目の色だった。
帰国後にどんな目に遭うとしても、フィリカには戻らないという選択肢はないのだ。そう認めざるを得なかった。
「……帰るのなら、俺が送っていく」
フィリカは目を見開いた。首を横に振ろうとするのを、手で制する。
「あんた、森のこんな奥まで入ってきたことないだろう? 慣れてる奴でも、気を抜いたら迷いかねない場所なんだ。あんた一人じゃ絶対に危ない」
それに、と一呼吸置いて付け加える。
「今の状態じゃ、半刻歩くだけでも倒れかねない。傷も縫ったばかりだし、経過を見る人間がいた方がいい」
アディの説得を、フィリカは黙って聞いていた。
話している間、彼女の目に二つの感情が入り交じっているのがはっきり分かった──説得が一理あると認める気持ちと同時に、それに対する迷いと。
初対面に等しい、しかも男が付いていくと言ったのだから迷うのは無理もない。だが、彼女を一人で行かせるつもりは絶対になかった。
「言うまでもないけど、昨夜約束したことは、最後まで必ず守る。もし妙な真似をしようとしたらいつでも──」
「はい」
最後まで言う前に、唐突にフィリカが頷いた。
不意打ちに言葉を失ったアディの目を一度真っ直ぐに見つめてから、お願いしますと頭を下げる。
「…………ああ」
半ば上の空で、そう返した。
例えでなく、彼女の瞳の強さに囚われかかっている自分を、微かに自覚しながら。