宵闇の光


 今日一日は動かない方がいい、と言われた。
 本音を言えば少しでも国境に向けて移動したかったが、残念ながら自分でも、まともに歩ける状態ではないのを分かっている。だから納得せざるを得なかった。
 洞窟の外は、日が傾き夕暮れに向かいつつある。アディは暗くなる前にと、薪にする枝と水を調達しに出ていて、今はフィリカは一人でいた。
 こんなにも長い時間、何もせずにただ休んでいたことは、子供の頃でもほとんどない。例外は、風邪やらで高い熱が出た時の数回のみ──父との剣の練習で深い傷を負った後の数日も含まれる。
 若くしてやむを得ず退役した父は、子供に跡を継いでもらうことを強く願っていた。できることなら栄誉ある地位を得て昔のような栄えた家に、という願いは、祖父以前の時代からの悲願だったという。
 国の分裂当時に軍功を立て家を興すことを認められたメイヴィル家だったが、国内が落ち着いた後は先細りだった。どうにか体裁は保っていたものの、同時期に興った他の家と比べると、内情は楽ではなかった。それ故に父は、昔のようにとはいかなくともせめて、日々の生活にもう少し余裕が得られる程度には──厳密に言うなら、母やロズリーが余計な苦労をせずに暮らせるだけのものは得たいと考えていたのだと、何かの折に聞かされた。
 母を失い、引き換えに産まれた一人娘に、父は迷わず軍人になるための教育を受けさせた。フィリカに才能がなければ途中であきらめていたかも知れなかったが、事実は逆だった。剣術や体術をはじめ、自身の技術と知識と経験を、時には過剰なほどに娘に注ぎ込んだ──そして財産も。
 メイヴィル家の人間は代々、軍人としての能力は平均以上だったが財産運用の才には恵まれなかったらしい。フィリカが生まれた頃には、家屋敷を含むわずかな土地が残されている程度だった。
 その家も、今はもうメイヴィルの所有ではない。フィリカを訓練生課程を受けさせるためには、屋敷と土地を抵当に借金しなければならなかったのだ。
 そのことを知ったのは父が亡くなった後のことである。父を看取った後に倒れたロズリーが、息を引き取る前に打ち明けてくれたのだった。……彼女もいなくなってしまった後、フィリカはすぐ家屋敷を借金先に引き渡した。返せる当てなどなかったからだ。
 生まれてから十四歳までを過ごした家だから、寂しさが皆無だったわけではない。だがあの家にまつわる思い出は、あまり思い返したくはないものが大半だった。
< 46 / 147 >

この作品をシェア

pagetop