宵闇の光
──父は、本当は名前も男名にするつもりだったらしい。そうしなかったのは、ひとえにこの命名が母の最期の願いだったからである。同じ名前の花のように、辛い状況でも希望を見いだせる強さを持った娘になってほしいと。出産よりずっと前に母は、子供は女だと直感で思っていて、その時から名前を考えていたのだそうだ。
名付けはしたものの、父がフィリカの名をそのまま口にすることは一度もなかった。フィルと呼んだのは、父なりに複雑な感情を折り合わせた結果だったのだろう。結局、亡くなるまでそう呼び続けた。
ロズリーはごく稀に、父が聞いていないところでフィリカさまと呼ぶことはあったが、父が好きでない名前だと思うと居心地が悪かった。フィルと呼び直させるたび、ロズリーは微笑んではいたが、その表情はほんの少し寂しげだった。彼女にとっては、最愛の主人であり友人でもあった母が娘に付けた名前だから、時にはきちんと口に出して呼びたかったのかも知れない。
フィリカが軍人教育を受け男のように育てられることを、ロズリーはどう思っていたのか。少なくとも、正面から反対するところは見たことも聞いたこともない。だが、絶えない生傷がなるべく残ることのないようにと、ずいぶん気を配ってくれていた。そのおかげで、一見して分かるような傷痕はない。……十二歳の時、勢い余って父が斬ってしまった左肩を除いて。
その時はさすがに、縫合した傷が落ち着くまでの何日かは寝込んだ。少々の体調不良や怪我では容赦しない父だったが、痕が残る深手だったのと熱の高さと、他ならぬ自分がその傷を負わせたという罪悪感のためか、フィリカが起きられるようになるまでは何も言わなかった。
……父は、本心ではどう考えていたのだろう。
母にそっくりでなければ、あるいは軍人としての才能がなかったなら、フィリカを普通に娘として扱っていただろうか。
ロズリー曰く、髪の色と目の色以外、本当によく似ているということだった──伸ばすと耳の下あたりから波打つようになる髪質まで。それを初めて聞いた日に、多少は長くしていた髪を自ら切り、以降は耳とうなじが見えるほど短くするようにした。
髪と目の色が父に似ていたのは本当に良かったと思っている。そればかりは変えようがないからだ。……顔を合わせるたびに父が、思い出したくないものを見る目をするのが辛かった。いっそ人相が変わるほどの傷をつけるか火傷をさせるかしようか、と本気で考えた時期もあった。
それを思いとどまったのは、フィリカの考えを察したロズリーが、泣きながら叱ったからだ。そんなことをしても誰も喜ばない、むしろ余計に悲しませるだけだと──彼女にあんなに叱られたのは、後にも先にもその時だけだったと思う。
それ以降、父の態度はいくらか露骨ではなくなった。ロズリーがその件を話したからだとは思うが、確かめてはいないので詳しい真実は分からない。