宵闇の光
空を見上げる間もなく、雨足は激しくなり、次々と降り注いでくる。よりによってこんな時にと舌打ちしながら、アディは荷物ごとフィリカを抱き上げた。彼女は驚いた目でこちらを見たが、さすがに状況は把握しているらしく、抗いはしなかった。
万が一にも落としたりしないように体をしっかり抱え、アディは走り出した。小川沿いに進みながら先程以上に真剣に、周囲に目を凝らす。
前髪から滴る水滴が絶え間なくなってきた頃、雨に煙る視界に探しているものが入った。まばたきで雨を払い、目の錯覚でないことを確かめてから、そちらへと全速力で走る。
たどり着いたのは木と石でで作られた古い小屋だった。森林地帯の奥、国境が定められていない場所には、各国の管理地区では許可されていない猟や、資源採取の目的で入ってくる人間が時折いる。そういった者たちが作った作業拠点としての小屋が、大抵は水場の近くに存在しているのであった。
見つけた小屋は屋根が傾いており、かなり長い間使われた様子はなかった。念のため警戒はしながら中に入ったが、誰もいない。古いわりには状態が良く、雨漏りはほとんどしていないのが幸いだった。
フィリカを下ろし、手早く火を熾す準備をする。重ねて幸いなことに、狭い小屋の隅には、薪と焚き付け用の細い枝がいくらか残されていた。さらに、火が点いて明るくなってから気づいたのだが、薪などの横には毛布が無造作に置いてある。
土埃を払って広げてみると、虫食いやその他の傷みは案外少なく、黴臭くはあったが、どうにか用を為しそうだった。
そこでようやくフィリカを振り返ると、彼女は膝を固く抱えた姿勢で、懸命に身体の震えを抑えているようだった。それを見て、少なからずあった躊躇をアディは思いきって捨て去る。
毛布を手に、彼女のすぐ隣に膝をつく。そして、再度広げた毛布を互いの肩に掛けようとした途端、フィリカは弾かれたように顔を上げ、身を避けた。
強い戸惑いの視線にアディは再びためらったが、もう一度覚悟を決め、早口で説明する。
「えーと、誤解しないでくれ。服が乾くまでのことだから。俺はともかく、あんたは脱ぐわけにいかないだろう」
と言うと、フィリカは困惑した目でまた俯いた。お互い、上着にも下衣にも、かなり雨が染み込んでいる。脱ぐことができず着たままで乾かすしかないのなら、なるべく体温が逃げない状態にする方が効率がいいはずだ──とはいえ。
「……その、気が進まないだろうとは思うが、毛布はこれしかないし、冷えるし」
我ながら言い訳がましいと思えてしまう。だが、事実だから仕方がない。彼女に負けず劣らず、こちらも狼狽はしているのだった。
その時、急に鼻がむず痒くなってきた。口を手で覆うより先にくしゃみが出てしまう。
全く同じその瞬間に、くしゅん、とフィリカもくしゃみをした。声に出した大きさや調子まで非常によく似ていたため、思わず顔を見合わせる。