宵闇の光
しばらくまじまじと互いの顔を見ていたが、先に場の空気を変えたのはフィリカだった──彼女が、笑ったのだ。
唇の端を少しだけ持ち上げた、よく見ればそうと分かる程度の、控えめすぎる笑顔ではあった。だがそれだけでも、彼女が笑うとどれほど印象が柔らかくなるものか──可愛らしくなるのかを、目の前で見せつけられた。
後からの想像だがほぼ確実に、その時はかなり惚けた顔をしていたのではないかと思う。彼女が気づいて訝しげな表情になる前にアディはどうにか我に返り、咳払いをする。そしてもう一度口を開いた。
「──ともかく、今はお互いに風邪を引くと厄介だから。何度も言ってるけどそれ以上のことは」
「はい、分かってます」
最後まで言わせずに、フィリカが頷いた。表情にまだ、笑顔の名残を浮かべたままで。
アディが妙な表情をしているのは何故だろうかと思ってから、フィリカは自分が笑っていたことに気づいた。
自分でも少なからず、……いや、かなり驚いた。もう何年も、笑った覚えなどなかったから。
正確に言えばもっと昔から、本心から笑えるような機会は非常に少なかった。元々の性質も影響しているだろうが、理由の大部分は別にある。
──父が一番辛そうな顔をするのが、娘の笑顔を見る時だったからだ。それに気づいた頃にはもう、母に似すぎているせいだからと分かっていた。そんな顔を見たくなくて、泣くのを堪えると同時に、笑うのも我慢するようになった。
そんなふうにフィリカが自ら表情を乏しくしていくことを、ロズリーは心配していたようだが──彼女自身、フィリカが笑うのを見る時にほんの一瞬、どうしようもなく悲しい目をすることには気づいていただろうか。
……だから、自分の感情を抑えつけるしかなかった。彼ら二人に、できるだけ辛さも悲しさも味わわせずにいるためには。
だがそうやって努力すればするほど、嫌になるほど思い知らされた。自分の存在そのものが悲嘆の根源──すなわち母の不在の象徴なのだと。父だけでなく、ロズリーもおそらく、母を失った痛手からは最期まで解放されなかったに違いない。
二人とも、残されたフィリカを育てることだけを生き甲斐に暮らしていた。少なくとも表面上はそう見えたし、実際にそう考えていたのは間違いないだろうと思う。使える限りの時間を、自分自身を犠牲にするかのような熱心さでフィリカに費やしていたのだ──父は教育と訓練、ロズリーは日々の世話と最低限必要な女性についての事柄を教えるために。