宵闇の光
けれど、本当はそれだけでは足りていなかったことも、フィリカは知っている。いつだったのか正確には覚えていないが、子供の頃に気づかされた。
……ある夜中、何故か目覚めてしまった後、眠れなくなった。水が飲みたくなって部屋を出て間もなく、廊下を歩く人影に気づいた。それがロズリーであることもすぐ分かったが、彼女の方はフィリカに気づかない様子で足早に歩いていた。
何か変だと思ったのは直感でしかなく、声をかけるのはためらわれた。しかし彼女がそんな夜中に起きている理由は気になって、足音を立てないように後を追った。行き先はすぐに判明した。廊下の突き当たりの、父の部屋に入っていったのだ。
ロズリーが扉の内側に消えた直後、フィリカは扉に近づいて耳をそばだてた。盗み聞きが良くないことなのは言い聞かされていたが、二人が何を話すのかという興味には勝てなかった。……そんなことをすべきではなかったとは、後になって思った。
予想に反して、会話は全く聞こえてこなかった。 かなり時間が経ってから、何かがきしむような音の合間に、何と言っているのか、どちらのものかさえ判別できない掠れた声が数回しただけで。
最初にその声が聞こえた時、どういうわけかひどく困惑したのを覚えている。それなのにその場を離れることはできなかったことも。
結局、足音が扉を目指して近づいてくるまで、立ち上がれずにいた。慌てて手近の使われていない部屋に身を潜めるのと同時に、ロズリーが再び姿を現した。後ろ手に扉を閉め、先程と同じように早足で自室の方へ戻っていった──部屋に入る前は結んでいたはずの、その時には下ろしたままの髪を手で押さえながら。
翌日もその後も、あの時何をしていたのか、父にもロズリーにも聞くことはしなかった。子供心に、ひどく秘密めいた雰囲気を察知して、聞くべきではないと思ったのだ。そして少し怖くもあった。
漠然としか感じ取れなかった秘密の正体を、今はほぼ想像できる。数年後、フィリカが初めて月のものを迎えた時にロズリーが見せた複雑な表情は今でも忘れられない──そして、十一歳の子供に聞かせるには早すぎるような事柄を、言葉を選びながらではあったがはっきりと話した彼女の、何かに急かされているような思いつめた顔も。
父がより厳しく接するようになったのも、ちょうどその頃だったように思う。フィリカが娘である事実を、忘れるどころか消し去ってしまいたいかのように、以前にも増して全てに加減はしなくなった。
彼らは、フィリカが二人の間のことを知っていると、その頃には気づいていたのかも知れない──いや、逆に気づかない方がおかしかっただろう。三人だけで暮らす家で、しかも全員が自身以外の相手に必要以上の配慮をしながらの生活だったのだから。
そのこと自体で、父とロズリーを責める気持ちは最初から起こらなかった。そうと知った時に衝撃を感じなかったわけではないが、同じ悲しみを知る者同士が、隙間を埋めるために慰めを求めていたのは理解できる。それ以前にフィリカにとっては、全く覚えていない実の母よりも、ロズリーの方が母親的な存在だと言えたからでもあった。仮に二人が結婚したとしても、むしろ自分は喜んだと思う。