宵闇の光

 けれど彼らにとっては、フィリカの存在こそが、母に対する裏切りを見せつけられることに他ならなかったのではないか──だからこそフィリカが女性の兆候を見せて以降、父は現実から頑なに目を逸らし、逆にロズリーは必要以上に直視して対応した。
 自分が、彼らの安らぎの全てにはなり得なかった……それどころか、さらなる辛さや悲しさの元となっていたのは紛れもない事実で、それは何よりも胸に堪えることだった。
 これほど母に似ていなければ、彼らの重荷を少しは軽くできたのではないか──せめて、あれほど罪悪感を覚えさせなくとも済んだのではないだろうかと、今でも考える。そうであれば、ロズリーが本当の母親になってくれたかも知れない──亡き母への彼女の気持ちを考えると、それについては万に一つ以下の可能性だっただろうとも思っているが。
 ……二人が亡くなってからはなるべく思い出さずにいたことを、今になって考えている理由は、多分はっきりしている。
 一つには、こうやって膝を抱えて座っているからだろう。父の部屋の外で息を潜めていたあの夜と同じように。──当然ながら今は一人きりではなく、すぐ横にアディがいるが。
 もう一つの理由はまさにそれで、何か考えていないと押しつぶされそうに感じるからだ──沈黙と、彼のことを知りたいという思いに。
 平気なはずの沈黙に落ち着かない気分にさせられるのは、これほど近い距離に他人を寄せ付けたことがないからだと、まだ推測はできる。だがもう一方の思いがどうして湧いてくるのかが分からない。
 再会した翌朝、つまり昨日の時点ですでにそう思っていたことには考えているうちに気づいた。何故アディが知り合いの女性のことを口にした時、恋人なのかなどと尋ねたりしたのだろう。その時はほとんど無意識で口にした問いだった。
 ……彼の口調がずいぶんと信頼に満ち、相手のことを大事に思っているのがよく分かるものだったから。そんなふうに位置づけている女性なら、きっと恋人だろうと思ったのだ。──そう思うと同時に、相手を非常に羨ましく感じた。
 違うと答えが返ってきた瞬間は、何故だか安心した。だがあまりにも素早い否定だったから、多少の疑いは残った。本当に違うのだとしても、アディに大切に思われている事実だけで、その女性をとても羨ましいと思う──それは、かなりの割合で嫉妬にも似ていた。
 近い感情をフィリカは知っている。父とロズリーのことに気づいて、彼らだけが共有しているものがあるのだと知った時に感じた思いだ。母の喪失は、自分にとっては単なる過去の出来事で、悲しみや、その他の感情を喚起させられるものではない。
 だが、彼らにとってはそうだった──大きな喪失感で二人は繋がっていて、その点においてはフィリカは部外者でしかなかったのだ。仕方がないと頭では分かっていても、寂しい気持ちは消せなかった。
 それと同じような感情を、隣の相手に感じているのは何故なのだろうか。つきつめて言うなら、どうしてこんなに……彼のことが気になっているのか。
< 56 / 147 >

この作品をシェア

pagetop