宵闇の光


 ……ふ、と静かに寄りかかってくる重みをアディは右肩に感じた。
 見ると、フィリカが頭を凭れかけさせた状態で、眠ってしまっている。疲労と発熱の負荷が限界にまで達したらしい。
 どうしたものかと少しの間だけ考え、横にならせる選択肢ではなく、彼女がそのままの姿勢で倒れたりしないように支えることを選んだ。しばらくは起こさずにいたかったから、なるべく動かしたくなかった……いや、それは口実だと自覚している。
 今の彼女が、一旦眠ったら多少動かしたところで目を覚ましはしないのは、この数日ですでに分かっていた。おそらくは、怪我で体調が狂っているせいだろう。
 分かっていながら、しばらくはこのままでいたいという誘惑を、反射的に感じてしまった。
 理屈に合わないと、頭の一部分では冷静に考えているのだが、残りの大部分はその誘惑に占められていて、理性では対抗しきれなくなっていた。
 肩に乗せられた頭がずり落ちないように、注意深く少しだけ身体を斜めにして、左手で彼女の肩を押さえ、遠慮を感じながらも右腕を胴に回した。
 ……やっぱり細いな、と何度も思ったことをまたあらためて思う。最低限の筋肉は付いているのだろうが、おそらく元々の骨格が華奢なのだ。
 そうやって、半ば抱きしめるような格好になって──ほぼ直後に、離さなければいけないという気分にさせられる。実際には腕を解かずにいたが、最初からやはりそうすべきではなかったとは思った。
 フィリカが、おそらくは眠る直前に考えていたことが緩やかな波のように、しかし止めようもなく伝わってくる。穏やかな寝顔を見て、どんな夢を見ているのだろうかなどと考えてしまったせいだ。
 ……無意識であっても、触れた状態で彼女について気になることを明確に思い浮かべると、絶対といっていいほど、それに関する記憶が視えてくる。
 これまで、他の誰に対しても、意識してそうしたとしても必ず視えるというわけではなかった。だが彼女の記憶だけは確実に、しかも知りたいと思った以上のことまでもが伝わってくるのだった。
 意図してそうできると分かってしまっては、もはやできるだけ触れずにいるべきである。これ以上、彼女の事情に土足で踏み込むような真似をしたくはない。それは確かに本心だった。
 しかし同時に、そんなことは関係なく、腕の中の温もりを手放したくないと願っている自分がいる。
< 58 / 147 >

この作品をシェア

pagetop