宵闇の光


 ……何かが動く気配を感じて、目を開ける。
 いつの間にかうつらうつらしていたことに、その時気づいた。案外長い時間だったらしく、まだ充分に燃え盛っていたはずの炎はほとんどが消えて、今は熾火の状態になっている。散らばった赤い光が、小屋の内部をぼんやりと照らし出していた。
 その薄明かりの中、アディが座っている位置からの延長線上の壁際に、フィリカの後ろ姿が見えた。起き上がり、くるまっていた毛布を肩から落としている。
 声をかけようかと考えたが、この状況だと不必要に驚かせてしまいそうな気がした。加えて、先程のことが思い出され、ためらいがより強くなる。
 そうやって躊躇している間に、フィリカはゆっくりした動作で上着を脱いでいる。何をするつもりなのかと見つめている前で、彼女は──その下の、袖の破れた衣服までも脱ぎ始めた。
 危うく声を上げそうになったが、どうにか直前で抑えられた。彼女は、アディが目覚めていることに気づいていないのだ。でなければそんな行動を取るはずがない。
 幸いにというか脱いだのは上だけで、しかも袖から腕を抜くのと同時に毛布を肩に掛け直していた。
 慎重に動かしている腕、左手には布らしきものを持っているところからして、身体の雨と汗を少しでも拭っておきたかったのだろうと推測する。
 兵士とはいえ、今の情勢ではまだ彼女に実戦経験はないだろう。何日も続けて野営をする必要にも、直面したことはないかも知れない。
 そうでなくとも、彼女はやはり若い女性なのだとも思った。途端にまた、あらぬことを考えそうになる自分を抑えるため、目を閉じかける。
 その瞬間、何の拍子でか、フィリカの肩から毛布が滑り落ちた。
 即座にまた掛け直していたし、本当に短い間ではあったが、それでも、彼女の肩から背中にかけてのむき出しの肌を、目にしてしまった。胸の高さには布を巻いていたので、正確にはそれに隠されていない部分ということだが……細かいことは今は関係なかった。
 見たものが、目に焼き付いている──意外なほど白く見えた肩や背中そのものよりも、そこに刻まれていた傷痕が。
 右肩の引き攣れた痕と、背中に複数ある長い痕。
 どちらの傷についても、すでに彼女の記憶の中で視ていたから、存在も理由も知っていた。肩の傷は彼女の父親が弾みで斬ってしまったもので、是非はともかく、まだ理解はできる。
 しかし背中の方は……フィリカの腕を傷つけたのと同じ連中が関わっていた。そして経緯も、同じほどに理不尽なものだったのだ。
 知っていたとはいえ、実際に見た時の衝撃は予想以上に大きかった。あらためて、強い怒りが湧いてくる。
 他人に代わって鞭打たれた上に、逆恨みで縫うほどの傷を負わされることなど、あっていいものか。
 フィリカ本人が、ある意味それを仕方なかったと考えているとしても──たとえ、傷痕をさほど気にしていないのだとしても、原因となった連中を許し難いとアディが感じることには変わりない。
 ……彼女は、そんな奴らのいる所へ戻ろうとしているのだ。思い至って寒気がしてきた。
 また同じような事態が起こる可能性を考えてはいないのか──否、彼女も分かっているはずだ。
 だがやはり、戻らずにいるという選択肢はないのだろう。考えることさえ拒否しているほどなのだから──自分の存在を否定するのと同義であると彼女が思っている以上、自分からは何があろうと、絶対に逃げることを選ばないだろう。
 ……それを、ただ見ているしかないのか。
 強く襲い来る無力感と焦燥感に、アディは歯噛みした。
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