宵闇の光
説明しているうちに、彼女はさらに青くなった。相手の危険性が予測できるだけに、アディに任せて一人で逃げるなどとてもできないと考えている。
フィリカがそう思うのは無理のないことだが、この場にいさせるわけにはいかない。……なるべく早く、この男の視界から彼女の姿を消したかった。
「でも、そんな」
「フィリカ!」
反論しようとする彼女を黙らせるため、昨日とは違い、わざと声を荒らげた。呼ぶなと言われた名前を呼んだのも意図的にだ。思った通り、フィリカは絶句している。その隙を逃さずにさらに続けた。
「分からないか? 今のあんたじゃ足手まといになるんだ。だから行け」
あえて辛辣に言ったのだったが、彼女がその言葉に傷ついたことにはやはり罪悪感を覚えた。だが今は正直に謝ってなどいられない。
後ろ手に肩を押しながら、早く逃げろともう一度繰り返すと、フィリカはようやく後ずさり、走り出した。一度だけ振り返って確かめると、歩いてきた方向へどうにか間違わずに向かっているようだ。
当然ながら彼女を追おうとした男を、アディは立ち塞がる形で止めた。再びこちらを見上げた男の顔は、本来は比較的整った容貌なのだろうが、表情のせいでひどく醜く見える。最初からまとっている、異様な雰囲気のせいでもあるだろう。
……何故この気配に、相手が姿を現すまで気づかなかったのか。フィリカのことに気を取られて他への集中力を欠いていたとはいえ、あまりにも不注意だったと言わざるを得ない。
対峙している今では、望まなくとも嫌というほど感じられる──男の、フィリカへの歪んだ執着が。
絶対に追わせるわけにはいかない。男を逃せば、次こそ彼女は殺されてしまうだろう。その前に奴が何をするかと想像しただけで、全身の血が凍りつく感覚に襲われる。
何としてもここで始末してしまわなければ。
アディがそう決心するのとほぼ同時に、男が剣を振り上げた。肩に向かって打ち下ろそうとしたところを頭上で受け止める。男は一旦後ろへ飛びすさったが、間を置かずに再び向かってきた。
剣を交えながら、奇妙な不安を感じた。訓練は受けたのだろうが少なくとも今は型も何もあったものではない動きで、本来の実力もさほどではないのだろうと思われる滅茶苦茶さである。
だがこちらを倒そうとする勢いは異常なほどだった。その執拗さに、気づくとアディは少しずつ最初の位置から後ずさっていた。
わずかな戸惑いを察知したのか、男は一時消していた笑みをまた浮かべる。吐き気を覚えるほど不快な表情はいくつも見てきたが、そのいずれよりも、この笑いが最も醜い表情だと思った。