宵闇の光
この数日、高熱を出すことを繰り返したせいか、足取りが覚束なくなってきた。頭もふらついてきたため、倒れたりしないうちにと思い、足を止める。
体調が万全でないからとはいえ、息切れが凄まじかった。今の自分の、あまりの持久力のなさに情けない思いがこみ上げてくる。足手まといだと言われて当たり前だ。
アディが、自分を逃がすために故意にそう言ったのかも知れないと、思ってはいる。だが彼が本気だったかそうでなかったかは関係なく、自分があの場において彼の足手まといであったのは確かで、それがとても悔しかった。
一体、何のために今まで訓練してきたのか。肝心な時に役立てることができない「実力」など意味がない。訓練生最優等の過去も、とうにフィリカ自身にとっての価値は無に等しかったが、今はさらに空しいものに感じられた。
本来、自分が対処しなければならない問題を、何の関係もない他人に──しかも恩人に丸投げした。事情がどうあれ、その事実は重く肩にのしかかってくる。このままでいいはずがない、と心が叫び続けている。
足を止めた場所に立ちつくしたまま考えて、再び踵を返して走り出す。──やはり、戻らなければ。普段通りに動けなくとも、何かしらの手助けはしなければいけないと思った。こんなに時間が経っても追ってきていたウォルグの異様な執念には恐れを感じたが、アディを無関係な危険にさらしていることの方が今は余程堪え難かった。
進むうちに、半刻ほど前に見ていたものと似ている景色になってきたように思えた。気のせいでなければ、走ってきた方向は合っていたことになるが、完全な確信は持てない。ともかく、戻る方向だけは間違えないようにと、何度か速度を緩めながら必死に、記憶と周囲の様子を照らし合わせる。
しかし、一向に先程の場所に近づけているような気はしなかった。誰の声も、何の物音も聞こえてこないのだ。もしかしたら本当に方向を間違えてしまったのかと、焦りが強くなってきたその時。
背後から突然腕をつかまれた。右腕の、怪我に近い箇所だったために激痛が走り、一瞬何も考えられなくなる。思考が復活した時には、フィリカはすでに地面に引き倒されていた。
こちらを見下ろすウォルグの表情は、まさに獲物を手中に収めた者のそれだった。満面の笑みは見るからに嬉しそうで、楽しげでもあった。
「もう逃げられないよなあ?」
くっくっと喉を鳴らすように笑う。不快を覚えずにはいられない、下卑た雰囲気に満ちていた。
逃れようともがきかけるが、すかさず右腕を押さえこまれる。再び痛みに襲われて動けなくなった隙に、唇に何かが押し付けられた。反射的に思いきり噛みついてやる。
悲鳴とともに、のしかかっていたウォルグの身体が上半身だけ離れた。口を押さえた手に血が付いているのを見た途端、顔が憤怒に歪み赤黒くなった。