宵闇の光

 ──それに、この感情も状況の為せる業ではないと、誰に言える?
 あくまでも冷静に、そう考えようとする。
 ……可能ならば思い込みであることにしてしまいたいと考えていることも、自覚しながら。

 気づけば、コルゼラウデ管理区域のかなり近くまで来ていた。あと一刻かそこら歩けば到達するだろう。陽が落ちるまではまだ間がある。
 だがそれ以上は進まずに、折よく見つけた洞窟で一晩休むことを提案する。当人はまた何も言わないが、フィリカが昨夜ほとんど眠っていないことには気づいていたし、相当疲れているだろうことも呼吸の荒さと顔色を見れば一目瞭然だったからだ。
 歩き続ければ今日中にも国境に着くことは、あえて教えていない。言えば彼女が休もうとしないのは間違いないと思ったし──もう少しだけ、別れを先延ばしにしたいという思いが働いたことも事実だった。
 そのくせ、中に荷物と彼女を落ち着けさせるが早いか、水や木の枝などの調達を口実にそそくさと外へ出た。自分でも、逃げるような行動だと思った。
 ──とてつもなく矛盾している。
 一緒にいる時間を短くしたいと思いながら、まだ別れてしまいたくはないと考えるなど。だがどちらも、本心には違いなかった。
 ここで別れれば、三度目の遭遇があるのかどうかも分からない間柄だ。……冷静に考えるなら、おそらくはもう会わない方が互いのためには良いのだ。
 そう思えば思うほどに、ともすれば危険な衝動が頭をもたげ、動き出しそうになる。
 昨日、泣いているフィリカを抱き寄せたのは、最初はただ涙を止めてやりたいと思ったからだった。それでも、最終的にはああいう行為に及んでしまった。弁解にしかならないが、彼女が嫌がっていなかったことも、行動に拍車をかける結果となった。あのままフィリカが、本当に全く抵抗しなければ、口づけだけでは止められなかった。それほどにあの時感じていた衝動──欲望と言うべきものは強烈だったのだ。
 必要以上に時間をかけ、アディは薪に使えそうな枝を探し集める。水場でも時間をわざと費やした。
 ……そうしている間に、洞窟に残っている彼女が眠っていてくれればいいと思った。これ以上あの、物問いたげで不安そうな目を向けられ続けるのは、できることなら避けたかった。無視し続けるための忍耐が、今や限界近くにまで達しているのが分かるからである。
 この状態が継続すれば遠からず、何かしらフィリカを傷つけることを言うかするか、どちらかせずにはいられなくなる。彼女との距離を広げるためではあっても、あからさまには傷つけたくない。勝手な言い分だが、これもまた本心なのだった。
 ……本当に身勝手だなと自己嫌悪を覚えながら、アディはようやく、洞窟に戻る方へと足を向ける。さすがに、これ以上一人で放っておくのは心配だった。にもかかわらず、この期に及んでも歩みが遅くなってしまう。己を叱咤しながら戻ってきた頃には周囲はだいぶ暗くなりつつあった。
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