宵闇の光

 フィリカは無言で、表情もほとんど動かさずにいた──いまだこちらを凝視する深い青の瞳には、戸惑いや驚きは変わらず浮かんでいる。だが、期待するような怯えや不安は、いくら待ってみても表れてこなかった。
 突然、いたたまれない気分に支配されて、アディは殊更に大仰な仕草で視線を外した。


 炎が消えてしまうと、外の空気の冷たさが徐々に洞窟の中に入り込んできた。昨日までの二晩は一応室内だったせいか、ここ数日では一番冷えるようにも感じられる。
 件の小屋から持ち出してきた毛布にくるまっているから、さほど寒くはない。だがフィリカは寝つけなかった。昨夜もほとんど眠っていないにもかかわらず、眠気を感じないのだ。正確に表現するなら、身体は休息を欲しているのだが、それを許す余裕が精神的に無いのである──昼間以上に。
 数回横になってもみたが、やはり睡魔は訪れてくれなかった。もはや今は諦めて、膝を抱えた姿勢で座っている。
 眠いはずなのにそう感じられないほど気になるのは、当然ながら彼のことだ。熾火も消えかけている焚き火の名残の向こう側、岩壁に凭れているはずのアディがいる方向をフィリカはまた見つめた。
 彼は寒くはないのだろうか、といった気がかりもあったが、頭の大部分は数刻前の話に関する思いで占められている。
 ……あの話をした後、アディは本当に近寄らなくなった。昨日の一件以後その傾向はあったのだが、より徹底して、互いの間に常に手が届かない距離を保ち続けた。
 例外はフィリカの傷の具合を診た時だったが、その時もやはり全くこちらの顔は見ず、声を発することさえしなかった。手当の作業も、その後の食事も早々に終えた後は、傍にあった毛布をこちらに放り投げて、自分は洞窟のさらに奥に移動した。──そして、火が明かりとなっている間はずっと、あからさまに顔を背けて目を閉じていた。
 周囲がほとんど闇の今でもそうしているのかは、見えないから確認できない。……多分、同じ状態でいるのだろう。彼がフィリカに劣らず頑固な性質であることは、この数日でよく分かっている。
 だからこそ、これ以上どう言おうと、こちらからも近づかせてはもらえないだろうとほぼ確信している。彼がそう決めてしまったのなら、仕方ないとは思う──だがそれでも、ひどく寂しい感情はつきまとって離れない。
 アディが、国で言うところの「神の分身」と同じ能力を持っていると聞かされて、最初はもちろん驚いた。フィリカは特に信心深くはない。建国の伝説は当然聞き知っているが、他の昔話と同じようなもので、内容の大半は事実ではないだろうと考える人間の一人である。
 とはいえ、特殊な力を持つ人々の存在が確かなことも知っていた。これまでに一度だけ、一人にだけ「分身」と呼ばれる人物に会っている──国王の愛娘、エイミア・ライ王女に。
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