宵闇の光

 うんざりしてはいたが、少なくともフィリカは、あらためて安心もしていた。何も知らないという主張を通して話を終えられたことに──彼の存在を、隠し続けていられることに。
 そして、近頃頻繁にそうするように、アディと過ごした数日間を思い返す。殊にあの朝、彼の腕の中で目覚めた時のことを。
 ……薄明かりの中、しばらくは状況が把握できずにまどろんでいた。程なく、背中に回された腕の感触と、文字通り目と鼻の先にある相手の身体を認識した。そしてやっと、夜の間に何があったのか思い出した──自分がどのような格好でいるのかも。
 頭に一気に血が上ったが、毛布にくるまっているのに気づき、少し落ち着くことができた。毛布を独占させてくれたに違いない当人は、服を着て直に地面の上に横たわり、フィリカを抱きしめた姿勢のまま眠っていた。少しの乱れもない、規則正しく穏やかな寝息を立てて。
 あの朝は、アディと一緒にいて最も悲しい時間になった。それほどに、幸せだったのだ。
 前夜、いきなり引き寄せられた時、最初は何が起こったのか分からなかった。抱きしめる腕の力強さと服越しでも伝わる体温の熱さは、反射的に本能が恐怖を感じ、戸惑いを覚えるほどだった。
 だが、求められていることを理屈抜きに感じ取った後は、全ての感情が昂りに変わっていった。彼の望みに応じたいと、心の底から思った。
 だから、自分からも求めた。抱擁で与えられる喜びを、せめてその時は手放したくなかった──ほんの一時だけでも、彼のものになりたかったから。
 出会って実質数日にしかならない人に肌を許したなどと、父が、ロズリーが生きていたらどう言っただろう。そんな不身持ちな娘に育てた覚えはないと嘆かれてしまっただろうか。
 だが、もしそう言われたとしても構わなかった。間違ったことをしたとは思わないからだ。少しも後悔はしていない。──それほどにアディを愛していることを、今ははっきりと自覚しているから。
 数日一緒にいただけの彼を何故これほど愛おしく思うのか、自分でも不思議な気はしている。彼の前では、何一つ気負う必要も隠す必要もないと、誰かに言われているような心持がした──実際にはできなかったにせよ、そう感じることは不快ではなく、むしろ楽な気分さえ覚えた。
 様々な過去を彼が「視た」ということを、無意識のうちに察知していたのだろうか。だが過去を知っているという点ではレシーも同じだ。昔馴染みでも未だに嬉しくは思えないのに、何故アディだと安心できる気分になるのだろう。
 ……多分、アディがあからさまな同情や憐れみを見せたりしなかったからだと思う。実際に彼がどう考えていたかはともかく、少なくとも表情や言葉に出しはしなかった。
 こちらが話していないことまで知った事実を悟られないよう注意していた結果とも考えられるが、もしフィリカが自分から全てを話していたとしても、アディなら同じ態度でいてくれた気がする──他人との突出した相違を抱えている彼だから、単なる同情や共感以外の、もっと根本的な心理で理解してくれるのではないかと、そう思う。
< 90 / 147 >

この作品をシェア

pagetop