宵闇の光

 レシーはレシーなりに、真剣に心配してくれているのは分かっている。先程も、何も聞きはしなかったが、顔ではいくつもの表情がせめぎ合っていた。フィリカの奇妙な様子にいち早く気づいて、本当に案じてくれているのだ──それでもなお、気遣いに感謝の念は覚えても、心底から嬉しいとは今でも思えないでいる。レシーには申し訳ないが、それが本当の気持ちだった。
 ……アディの腕を身体から離すのは、そうしなければならないと分かっていても辛かった。だからこそ同時に、少しでも早く離れる必要を感じずにはいられなかった。ぐずぐずしていては、余計に別れるのが辛くなる。──だから、彼が目覚める前に一人で洞窟を出た。あの指輪を彼の手に残して。
 本物の金だから、多少の金銭にはなるだろう。そうされても全く気にはしないが、おそらくアディは売ったりしないだろうと思っていた。
 世話になった礼の意味も少しはあったが、それ以上にやはり、忘れないでいてほしかったから。同じほどに想ってくれていなくても、それは構わない。できる限り優しく扱ってくれただけで充分だった。女に生まれて良かったと、初めて思わせてくれただけでも。
 女だから、一度限りでもああして愛してもらえたのだ。二度目は無いだろうと思うからこそ、あの時に感じた幸福感は今も心に焼き付いている。
 望むのは、アディがなるべく長い間、自分を覚えていてくれることだけだった。忘れずにいてもらえるなら、この先二度と会えなくても悲しくはないと思った。……付いていきたい、と言うことはとてもできなかったから。
 そう言えればどんなにいいだろうと、あの時心の底では考えていた。そう頼んでも、もしかしたら拒絶はされなかったかも知れない。
 だがアディに迷惑や負担は、どんな形ででも掛けたくなかった。彼が自分に好意を持ってくれていても、感情が雰囲気に流されていないとは断言できない──彼自身がフィリカに言ったように。あの数日が常ならぬ状況だったことは、よく理解しているつもりだ。だからこそ、冷静な判断が難しいに違いない選択を、迫りたくはなかった。
 それに、今の生き方を捨てることはやはりできない。軍人ではなくなることも、この国を離れることも──どちらも家族を裏切ることに等しいからだ。生み育ててくれた彼らの思いに背き、皆が眠っている墓を見捨てるという、二つの意味で。
 ……だから、あれ以上アディと一緒にいるわけにはいかなかった。
 ふいに胸苦しさに襲われ、足を止めた。宿舎の、自分の部屋まではまだ距離がある。そこまでは耐えなければ──そう思って歯を食いしばっても、目に滲む涙は抑えられなかった。素早く拭い、流れ落ちることだけは防ぐ。
 彼を想うだけで幸せでいられると確信していた。それは間違いなかった……なのに時々、傍にいられないことがたまらなく悲しくなる。会いたいという心の叫びに、こうやって屈してしまうほどに。
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