宵闇の光

 贅沢だと、自らを戒める。あの数日間で大切な想いを知ることができて、なおかつ彼からも返してもらえたのに。生きてきた二十年の間で一番切実に望んで、その通りのものを与えられたのだから、それだけで充分なはずだ。そう思っているのは嘘ではないのだから。
 繰り返し心で呟くことで、自分を納得させた。

 ……身体の調子がおかしい、と思い始めたのはそれから数日後だった。
 まず、急に寝覚めが悪くなった。嫌な夢を見た覚えもないのにいつも冷や汗をかいていて、熟睡できた感覚がない。起き上がるのが辛いような目眩と、時々は合わせて吐き気も感じる。そのせいか朝は食欲がなかった──いや、朝だけに限らない。もともと小食ではあったが、近頃はそれが顕著になっている。一日を通してほとんど食べられないこともあるほどだった。
 ──そんな状態が半月近くも続いた。特に吐き気を感じる回数は日に日に増えていて、訓練中にさえ集中が途切れる時があった。訓練の後、実際に吐いてしまったこともすでに何度かある。
 今日もそうだった。吐いても気分の悪さは治まらず、夕食も食べないまま床に就いた。空腹は感じないが、今も胸がむかついて眠れない。寝台の中で繰り返し寝返りを打つ。
 季節の変わり目で質の悪い風邪でも引いたのか、と最初は考えたが、どうも違う気がする。他に風邪らしい症状、喉の痛みや発熱などは今のところ感じていないからだ。
 物心ついて以降、こうも長く身体の不調を感じていた経験はなかった。風邪以外の病にかかった覚えはないし、月の障りの期間でも、たまに貧血が重くなるぐらいだ。その時でさえ、今ほどに目眩や悪心をしつこく覚えたことは──
 そこまで考えて、急に頭の芯が冷えるような感覚がした。
 ──最後にそれが来たのは、いつだった?
 にわかに生まれた焦りとともに指を折り、日を数える。……国境任務に向かう直前が最後で、それ以降は一度も来ていない。以前から規則正しいとは言えなかったものの、ふた月以上も間が空いたことは今までなかった。
 ふた月──アディと別れてからの日数とほぼ同じ。
 その事実と、近頃の不調を関連付けずにはいられなかった。その推測が両方の理由に一番当てはまると思いながら、まさかそんなと打ち消す感情も同時に存在していた。
 ──まさか、たった一度きりで?
 理屈では当然、回数が関係ないことぐらいは承知している。だが我が身に降りかかってしまったら、理屈はそうだからとあっさり納得して受け入れられるものではないのだと、図らずも痛感させられた。
 自分一人の推測だからまだ確実とは言えないにしても、可能性はかなり高いと思わざるを得ない。
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