魔術師と下僕
校長の竜

「ありがとう、今回は助かったよ」


 ミラルダは時計塔の最上階にいた。
 暦の上では夏と言ってもまだ肌寒い、月明かりの夜だった。彼女の声に、地の底から響いてくるような厳しい声が答える。


『ああ、久しぶりにあんな強い力を使ったから超疲れた。おかげで』


 ミラルダの足元に、小さな影が駆け寄ってくる。一見すると、トカゲのような生き物だ。


『こんな姿になってしまった』


 ミラルダは自分の足元を確認するなり、手を叩いてげらげら笑った。『わ、笑い事ではない』と声は答える。

 彼の正体は、もちろんトカゲではない。今は少しばかり調子が悪いだけで、本来の姿を取り戻せばそれはそれは立派な竜である。


「悪い悪い、ずいぶんみみっちくなったなと思って」
『やめてくれ。普通に傷つく』


 竜は意外と繊細なんだぞ、と彼は言い、それはお前だけだろ、とミラルダに一蹴された。竜の体が、心なしかもう一回り小さくなったように見えた。


「今回はすまなかったな」


 ライナルトが猫になりたがったーーそれほど人間社会にストレスを抱えていたことに、ミラルダは上司としてそれなりに責任を感じていた。なぜか人格破綻気味の者が集まりやすい魔術界隈で、人一倍真面目に働いてくれた男である。貴重な人材を失うことにはなるが、そういう人間は、どこかで報われないといけないのだ。


「お礼に、ほら、お前の好きなやつ買ったから、食え」


 ミラルダが出したのはシュークリームだ。コンビニで売っているような。


『あーっ、まだ食べたことないやつ……嬉しいことは嬉しいが、私の扱いについてもう一度考え直す気ない?』
「要らないならアタシが食う」
『待って、食べる食べる。せめて半分こしよう。ね』
「仕方ないな」


 その姿だと食べにくいだろうーーと、ミラルダは竜を持ち上げてキスをする。たちまち竜は、長い銀髪を後ろで束ねた細面の青年に姿を変えた。


「ありがとう」


 青年は鋭い容貌にやや似合わない照れ笑いを浮かべた。


「じゃ、食え。アタシに感謝しながら食え」
「ああ……」


 青年はシュークリームに手をつけず、ミラルダの顔をじっと見つめる。


「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」


 青年はしばらくもじもじした。そしてようやく小さな声で、「……あの、もう一回」と言った。


「なんの話かわからんな」と、ミラルダは冷たくそっぽを向く。「だから……」と竜はもう一度言いかけたが、やがてしゅんと肩を落として、シュークリームを食べようとした。

 ミラルダはしょうがないな、と呟くと、自分より背の高い竜の首に腕を回して引き寄せると、彼にキスをする。

 用は済んだとばかりにすぐに離れようとする彼女の腰を、今度は竜が抱き寄せて、もう一度、先程よりも長く。

 キスが終わると、竜は幸せそうに笑った。その顔に、もはや竜の威厳など全く感じられない。

 ミラルダはそんな竜を見上げて、やれやれ、とため息をついた。


「クリーム溢れてるぞ」
「……あ」

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