魔術師と下僕
「はじめから、僕には君しかいなかったんだな」

 ジオは少し、自分で自分に呆れてしまっていた。イリヤはには全く敵わないな、と思う。

「どういう意味……?」
「他のマリアなんていないよ。マリアは君だったんだ」

 一人で笑うジオに、イリヤは混乱を深めるばかりだ。

「だからね」と、ジオは嬉しそうに解説してくれる。「過去に行った君がマリアとして僕と過ごして、イリヤとして戻って来たってこと。本物のマリアなんて、はじめからいないんだよ」

「え? ええ?」

 なおも困惑している様子のイリヤに、ジオは「でも安心した」と言う。

「すまないイリヤ。僕はずっと怖かったんだ」

 イリヤが大きくなるにつれて、記憶の中の朧げなマリアに似てきたことが。

 一緒にいるうちに、自分は魔術の力で無意識にイリヤの人生を歪めてしまっていたのではないかと。

 それはとても強い呪いのように。

「だから君を遠ざけるしかないと思って」

 君自身の人生を、これ以上奪ってはいけないと思って。

「ジオ」

 イリヤはジオに近づいて、手のひらでそっと頬を拭った。自分が泣いているのに気がついていなかったジオは、少し驚いたようだった。

「ごめん」
「どうして謝るの?」

 子供のジオを相手にしているように、イリヤは優しく問いかける。

「君のことが好きだ。でも、そのことで君を困らせたくないから」

 そんなことですか、とイリヤは笑った。
 ジオもずっと不安だったのだ。自分と同じように。
 この人に安心してほしい。素朴にそう思う。

「そんなの、好きでいてくれない方が困ります」

 ジオを抱きしめると、その腕が遠慮がちにイリヤの背中に回る。不器用で、温かい腕だった。

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