魔術師と下僕
「絶対にあいつらの方を見ちゃだめ。真っ直ぐ前だけ見て」
「は……うん」
「いい子」
段々と孤児院の二人に近づいてきて、それとともにイリヤがますます緊張しているのがジオには伝わってきた。
「僕の声に集中して。いいかい? 君は僕の恋人。僕が守ってあげる」
これは。
あまりに普段と違う話し方に、イリヤは思わずジオの顔を見そうになる。
しかし、真っ直ぐ前、真っ直ぐ前……と自分に言い聞かせて、そちらを向きそうになるのをぐっと堪える。なにがなんだかよく分からないが、妙に恥ずかしい。背中がくすぐったくてたまらない。
「おいでーー僕のお姫様」
これには辛抱ならず、イリヤは思いっきり噴き出した。
頭がおかしくなってしまったのだとしたらすぐに元に戻って欲しい。その一心で、イリヤはジオに尋ねた。
「ご主人様、あの、大丈夫ですか?」
ジオは後ろを振り向いていた。
「うん、大丈夫」
「本当ですか?」
「うん。さすがにこれだけ離れたら、もう見つからないよ」
「大丈夫」の意味が少し違うような……。と思いながらも、気がつくと孤児院の二人は見えなくなっていて、イリヤはなんだか力が抜けた。
そして、ちょうど風船の空気が抜けていくかのように、身体が縮み始めているのが分かった。
「はー、荷物重! 下僕のためにこんなに買ってあげるなんて、僕はどこまで優しければ気が済むんだろうね。ほら手伝って、これとこれ」
「は、はい!」
イリヤは自分の身体も主人の態度もすっかり元に戻ったのところで、ようやく少し安心した。