魔術師と下僕
「いるんすか、好きな人」
ナターリアは面白がって追及する。
「教えてくださいよ〜イニシャルでいいんで!」
「嫌だ! 絶対言わねえぞ!」
二人はなぜか追いかけっこを始め、テーブルの周りをぐるぐるしたのち、テラスから中庭に降りた。
「わあ、どこまで行く気?」ヒルデがにこやかに呟く。
残されたイリヤたちはしばらく二人が消えた方角を眺めていた。
数分後、ナターリアに続きブルーノが走ってきた。追いかける側と追いかけられる側が逆転している。二人ともなにか叫んでいる。
先にテーブルにたどり着いたナターリアが言った。
「デリカシーがなくて口の減らないバカだけど、よーく見ると可愛い子! だそうです」
イリヤたちはそれぞれ顔を見合わせた。
少し離れたところでブルーノがあああぁ、と悲鳴を上げながら膝から崩れ落ちている。
「イリヤさんでもヒルデさんでもない気がするんすけど、一体誰なんでしょうね!」
いやお前だろ。
誰もがそう思ったしヒルデなど危うく口に出しかけたが、ヴィットリオが素早く視線で彼女を制する。そして不自然なほどの大声で言った。
「さあな! そんなことより、勉強しようぜ!!」
……五人の浮かれた様子を、少し離れたところから見ている者がいた。
金髪頭に大衆食堂の店主みたいにタオルを巻き付け、黒いジャージの袖を捲っている男。
中庭の草むしりを命じられた、レンブラントだった。