婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 外は暑いが、着物に合わせて髪の毛を祖母に緩く結ってもらったので快適だ。

 最上階の和歌子おばあ様の部屋番号を押して、明るい声で《一葉ちゃん、どうぞ》と返事があった後、ロビーに歩を進めてまじまじと周りへ視線を向けた。

 前回来たときはじっくり建物内を見られなかったけど、大きなモダンアートが白い壁に飾られ、いくつもの落ち着いた色味のソファセットがある。

 そのひとつに、今までお目にかかったことのないほど素敵な男性がいた。

 ライトグレーのスーツは見事に体にフィットしていて、向かい側のスーツ姿のふたりの男女と書類を広げながら会話している。

 有能なビジネスマンそのものって感じ。

 横顔しか見えないのを残念に思いながら、エレベーターホールへ向かい、最上階を目指した。

 最上階に到着して和歌子おばあ様のドアのインターホンを鳴らすと、すぐに内側から開いた。

「まあ! 一葉ちゃん、お着物でいらしてくれたのね! かわいいわぁ。よく似合っているわ」

 べた褒めされて照れくさい。褒められることに慣れていないので、顔に熱が集中してくる。

「こんにちは。これを」

 そう言って、祖母から預かったお蕎麦のセットを渡して帰ろうとする私に、和歌子おばあ様が引き留める。

「暑い中来ていただいたんだもの、このまま帰らせるなんてできないわ。おいしいジェラートがあるの。それとお話も。どうぞ上がって」

 私が来るのを楽しみにしてくれていたようで、喜んでいる姿を見たら無下に帰ることはできない。

「では、お邪魔します」

「どうぞどうぞ」

 先日のダイニングテーブルではなく、ソファへ座っているように勧められ、和歌子おばあ様はその場を離れた。

 少しして、和歌子おばあ様はまるでカフェのように完璧なジェラートとフルーツの盛り合わせのお皿を私の前に置いた。一緒にアイスコーヒーも。

 フルーツはメロンといちご、桃、ブルーベリーと贅沢で、ジェラートは二種類ある。

「ジェラートはマンゴーとピスタチオなの。嫌いじゃないといいのだけど」

「ありがとうございます。大好きです。とくにピスタチオには目がないんです」

「よかったわ」

 和歌子おばあ様は自分の分を置くが、中身は私の半分もない。

「年を取るとたくさんは食べられないのよ。政美ちゃんもそうでしょう? 遠慮せずに召し上がって」

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