婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 微かに震える足でガラスの扉を進み、三つ揃いのスーツを決めた男性店員へ近づく。

「ボンジョルノ、シニョリーナ」

 にこやかに〝こんにちは。お嬢さん〟とイタリア語で挨拶をされて、思わず一歩後ずさりする。

 亜嵐さんに会うためにはるばる東京からやって来たのに、彼にあと数分で直面すると思うと怖くなった。

 彼にはミラノへ来ることを知らせていないが、同じ会社で働く妹の花音(カノン)さんにスケジュールは確認済みだ。

 私はキュッと下唇を噛んで、気持ちを強く持って口を開いた。

「こんにちは。伊集院(いじゅういん)亜嵐さんに会いたいのですが」

 片言のイタリア語で彼に面会させてくれと頼む。

 イタリア人と日本人のクウォーターの彼は、こちらでは伊集院ではなく創始者の姓〝フォンターナ〟と名乗っているかもしれない。

「アラン・フォンターナCEOに?」

 男性店員は驚いた顔になった。

 やっぱりこちらではフォンターナらしい。それより今、CEOって言った? 亜嵐さんは日本支社長じゃ……。

「はい。カズハ・ミズノが、会いにきたと、伝えてください」

 約三年間習ったイタリア語だが、スラスラ話せるまでにはいかなかった。

「わかりました。確認してみます。お待ちください」

 私が必死の形相なのが伝わったからか、すぐに確認してくれるみたいだ。男性店員は店の奥に引っ込んだ。

 椅子ひとつとっても百万円クラスの物が展示されている店内では、いかにもセレブ風の毛皮のコートに身を包んだ女性客がほかの男性店員と話をしている。

 私は店の隅で、所在なげに先ほどの男性店員が戻ってくるのを待った。

 どのくらい経っただろうか。実際はそれほど待ってはいないのかもしれないが、長く感じる。

 ドク、ドク……ドク、ドク……鼓動がこれ以上ないほど大きく打ち鳴らしていた。

 そのとき――。

「一葉?」

 奥から現れたのは、体躯のいい外国人にも引けを取らないほどの高身長の亜嵐さんだった。

 いつもは涼しげな目を、大きく見開き驚いている。次の瞬間、亜嵐さんは大きく手を広げて近づいてくる。

 最後に会ったのはふた月ほど前。

 亜嵐さんはいつもの通り、誰もが振り返るような色気をまとっている。

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