婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
「ごちそうさまでした。お気をつけてお帰りください」

 頭を下げる私に亜嵐さんは微笑みを浮かべて、家に入るように言う。

 私が家に入るまで見届けるなんて、なんて紳士なんだろう……。

「はい。では、失礼します」

 亜嵐さんに背を向けて、店舗横の門扉を開けて振り返り、もう一度頭を下げてから閉めた。

 はぁ~。

 今日はなんて日だったのか。青天の霹靂をまさに体験した日だ。

 長時間の草履で痛む足をトボトボ進ませたとき、内側から引き戸の玄関が開けられた。

「きゃっ! びっくりした!」

 玄関を開けたのは父だった。職人気質の父は、いわば頑固おやじ。話はわかる方だと思うが。そんな父が心配そうに眉根を寄せている。

「一葉、大丈夫だったか?」

「え? 大丈夫って?」

 意味がわからずキョトンとしながら、土間に足を踏み入れて草履を脱ぎ、家の中に入る。

 私のうしろから父がついてくる。そこへ祖母がリビングから顔を出した。父とは反対に祖母は笑顔だ。

「一葉お帰り。さっき和歌子ちゃんから連絡があったよ。楽しくていい日だったと言っていたよ」

「ただいま――」

 祖母に挨拶をしている最中、父が持ち前の大きな声をあげた。

「一葉、話がある。リビングに来なさい!」

 なんだか苛立っている様子。

「お父さん、着替えてからじゃダメ?」

 今日バイト中になにかミスした? それとも帰宅が遅い? でもまだ門限の二十二時少し前だし。

「いいから。早く来るんだ」

 仕方なくリビングに歩を進め、籐の枠組みの三人掛けのソファに腰を下ろす。その隣に祖母が座る。

 ひとり掛けのソファに父がドスンと腰を下ろした。古いソファなので、壊れそうなほどきしむ音がした。

「お父さんったら、そんなに乱暴に座ったら壊れますよ」

 母がキッチンから全員分の麦茶を持ってきて各自の前に置くと、自分も私の対面に座った。

「なんなの……?」

 母が雰囲気を和らげようとしているが、父の不穏な様子に困惑する。

「一葉! ばあさんの話など聞く必要はないからな」

「え? おばあちゃん? あ!」

 祖母と和歌子おばあ様の約束を父は知ったのだと悟る。

「一葉、亜嵐さんはどうだった? 素敵だっただろう? あのフォンターナ・モビーレの日本支社長だよ。一葉にとって最高の縁組じゃないかい?」

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