婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 三日後、和歌子おばあ様は家族に看取られて息を引き取った。

 倒れた翌日にイタリアからおじい様、フランスから花音さんとお母様が来日し、おばあ様を見守ったけど、私たちが会った日の夜に危篤状態に陥り、一度も意識が戻らずに眠るように逝ったと聞いた。

 長男の豪さんはスケジュールの都合で来られず、残念だっただろうと思う。

 キリスト教会での家族葬。わが家も祖母、両親と私が参列させてもらった。

 イタリア人のおじい様は銀髪で身長は私よりも十センチほど高いくらいで、亜嵐さんと並ぶととても小さく見える。

「君が、ワカコが話していたシニョリーナか。君にとても会いたがっていたんだ」

 流暢とはいかないけど、亜嵐さんがおじい様に私を紹介したとき、日本語で話しかけてくれた。

 私にとても会いたがっていた……。

 ずっと自分の夢を叶えたかったのね。

 そう考えると、泣かないように奥歯を噛みしめていたのに、どうにもならなくなった。

 あと十分ほどで牧師による葬儀及び告別式が始まるところで、祖母が和歌子おばあ様との思い出のハンカチを棺の中へ入れたいと口にして、私は亜嵐さんを探しに控室を出た。

 廊下に出てすぐに、少し行った先から女性のまくし立てるようなイタリア語と、静かな男性声が聞こえてきた。

 亜嵐さんだよね……?

 立ち止まって引き返そうかと迷ったとき、曲がり角から黒いスーツ姿の花音さんが苛立たしそうな顔で現れて、その顔に驚いて声もかけられなかった。

 花音さんは動けないでいる私をちらりと見ただけで去っていく。

 どうしたんだろう……。

 このまま亜嵐さんのもとへ向かってもいいものだろうかと思案していると、彼が現れた。

「一葉ちゃん、どうした? こんなところで」

「あ! おばあちゃんがこのハンカチを棺に入れたいから聞いてほしいと……」

 ラベンダーの花が刺繍された白いハンカチを顔の前へ持ってくる。

「大丈夫だよ。喜んでくれるね。もう時間だ。行こう」

 ハンカチを受け取った亜嵐さんは微笑んで、私を促した。

 葬儀の終わった二日後、和歌子おばあ様は小さな骨壺に収められ、イタリアの地へ帰っていった。

 この一年間頻繁に会っていた和歌子おばあ様がいなくなり、ぽっかり心に穴があいてしまった感覚で、アルバイト以外は物事に集中できない数日を過ごした。

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