婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 祖母が悲しみをこらえている様子にも、心がひどく痛んだ。

 そんなところへ、花音さんが蕎麦屋の店舗にやって来た。お昼のピークを過ぎてちょうどお客様が引いたときで、花音さんが入店したことで古びた店舗に色が添えられたみたいに明るくなる。

「花音さん。こんにちは」

 彼女ひとりだけなのかとさっと背後を確認するが、引き戸は閉められたまま。

 今日は金曜日だ。亜嵐さんが来るわけないか。

「一葉さん、こんにちは。おばあ様が好きだったお蕎麦をいただきたくて」

 花音さんは淀みない綺麗な日本語で話す。

「もちろんです! こちらへどうぞ」

 壁側の四人掛けのテーブルに座ってもらう。

 彼女は亜嵐さんの妹だけあって美しい。お兄様の豪さんは所属レーシングチームの公式サイトで顔を見たが、中性的な印象のある亜嵐さんとは少し違っていた。かっこいいことには変わりはないけれど。

「和歌子おばあ様はざるそばがお好きでした。一緒に天ぷらはいかがですか?」

「天ぷらは好きです。ではそちらでお願いします」

 レジ近くにいた母がお水を運んで来て、花音さんに挨拶する。

 花音さんは「先日は祖母をお見送りいただきありがとうございました」と、椅子から立ち上がって頭を下げる。

 私はカウンター向こうにいる父に注文をして、ほかにお客様もいないし少し話をしようと、ひとりになった花音さんのもとへ戻る。

「花音さん、日本にはいつまで――」

「一葉さん、食事が終わったら少し時間はありますか? お話があります」

 お話……?

 花音さんの強張った表情からなにか悪い予感がし、和歌子おばあ様の葬儀のときに亜嵐さんと彼女が話をしていたあのときの出来事を思い出す。

「では、お食事が済んだら……」

 花音さんがなにを言うのかわからず不安しかないがうなずいた。

 食事を終えた花音さんを連れだって店を出る。

 私は白Tシャツとジーンズの上にエプロンをしていたので、それをはずしただけで、ターコイズブルーのやわらかいシフォンのワンピースを着た花音さんと歩いていると、通りすがりの人から注目を浴びている気がする。

「カフェにでも入りますか?」

 そう聞くと、花音さんは気まずそうに首を左右に振る。

「話はすぐに終わるので」

「じゃあ、すぐ近くの神社でいいですか?」

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