婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 神社なら大きな木があるので、木陰であれば暑さをしのげるだろう。

「ええ」

 神社へ歩を進めながらも、鼓動がドキドキと嫌な音を立てている。

 案内している最中も話をしなければと思うのに、言葉が出てこない。神社の赤い鳥居が見えてきてホッと安堵した。

「ここです」

 鳥居をくぐり木陰に足を運び、十センチは身長差がありそうな花音さんと向き合う。

 小さく深呼吸をしてから口を開く。

「……花音さん、お話って?」

「一葉さんはおばあ様のために兄と婚約をしたのでしょう? もうおばあ様はいないので、亜嵐と別れてはいかがでしょうか?」

「え?」

 亜嵐さんと別れる……?

「おばあ様の夢のためにふたりが結婚するなんて、バカげていると言っているんです」

「花音さん……」

 彼女は私たちの結婚に反対なのだろう。それはおそらくお母様もだ。葬儀の場だったからかもしれないが、お母様は私に対して笑みはなく、ほとんど会話はなかった。私も、和歌子おばあ様を亡くされたご家族の悲しみを前にして自分から打ち解けようとはできなかった。

「亜嵐は家族のために自分を犠牲にしてきたわ。もうそんなことしてほしくないの」

「自分を犠牲に……?」

 亜嵐さんは私と結婚することで、自分を犠牲にしているの?

「ええ。亜嵐はいつも家族のために行動をするの。それに引き換え、豪は好き放題で、レーサーを引退したらフォンターナ・モビーレの社長になると約束されている。実際は亜嵐がいなかったら職人たちをまとめられなかったし、経営が危ぶまれていた時期も乗り越えられなかったわ」

 花音さんは、好き放題人生を謳歌している豪さんよりも亜嵐さんを尊敬している様子。

「亜嵐は頭が切れるし、なんでもサラッとこなしてしまう。でも、いくらフォンターナ・モビーレや家族に尽くしても、豪が彼の上に立つの。なにもしてこなかった豪がね」

「花音さん……」

「もうおばあ様はいないわ。亜嵐を自由にしてあげたいの」

 花音さんは亜嵐さんの味方なのだ。

 私は亜嵐さんを愛しているけれど、彼は……? 和歌子おばあ様のための婚約だったのは明白だ。

「おじい様の目は節穴よ。長男の世襲制にばかり頭がいって」

「花音さん、葬儀の前に亜嵐さんと話していたのは私たちのことですか?」

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