婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 のろのろとベッドから降りて、リビングへ向かった。

 時刻は七時過ぎで、母がキッチンで朝食を作っていた。

「おはよう」

「あら、早いのね。あ、亜嵐さんとデートって言っていたわね」

 玉ねぎをスライスして、お湯が煮立った鍋の中に入れている。

 父の好きな玉ねぎの味噌汁を作っているようだ。

「うん。上野の美術館へ行こうかと」

「美術館なら涼しそうね。そうだ、妹さんはなんの用事だったの?」

 不意に聞かれて、答えを用意していなかった私は言葉につまる。

「え? あ、たいした用事じゃなかったわ。顔洗ってくる」

 洗面所へ行き、洗顔した顔をタオルで拭きながら、鏡に映る自分を見つめる。

 亜嵐さんと並んでも引け目を感じないように、基礎化粧品やメイク、スタイルなどを雑誌やSNSで習って、一年前よりは綺麗になったと思う。

 真美からも『会うたびにどんどん綺麗になっていくね』と先日言われたばかりだ。

 自分磨きができたのは、亜嵐さんのおかげだ。

 婚約解消をしたら、ほかの家族はともかく、おばあちゃんが悲しむよね……。

 でも亜嵐さんには幸せになってほしい。

 去年の夏、真美に選んでもらったミモザ色のカットソーと白のAラインスカートに白のサンダルを履き、家を出て門扉を開けた。

 そこで私は亜嵐さんの姿に気づき、驚きの声をあげた。

「亜嵐さんっ! 早いじゃないですか」

 車に寄りかかるようにしてスマホを手にしていた亜嵐さんは口もとを緩ませて、びっくりしている私のところへ歩を進める。

「いつも君を待たせているだろう」

「亜嵐さんは時間に正確です。私が早く出ているだけですから」

 亜嵐さんの手が私の肩に触れ、艶やかな車体へと誘導される。

 助手席のドアが開けられ、私を座らせた亜嵐さんはシートベルトを装着している間に運転席へ回ってくる。

「行き先は西洋美術館でいい?」

「はい」

 車はなめらかに走り出す。

『亜嵐は優しいから、おばあ様の思いを叶えるためにあなたと一緒になるつもりだと思う。でも考えてみて? 結婚しても夫に愛されないで暮らすなんて嫌よね?』

 花音さんの言葉を思い出して、急に今日が最後のデートなのだと身につまされ、膝に置いたバッグの持ち手をギュッと握った。

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