婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 西洋美術館に近いパーキングに車を止めて、近くのレストランで昼食を済ませ、徒歩で向かう。

 私には芸術なんて縁のないものだったけれど、亜嵐さんに様々な美術館に連れていってもらっているうちに、観覧しているときの静かな空間が心地よく感じてきていた。それでも絵を見ても素晴らしい、綺麗だ。くらいしか言えないが。

 亜嵐さんは歴史的建造物に囲まれアートがあふれる街ミラノで生まれ育ったため、芸術品に造詣が深いようだ。

 やっぱり私と亜嵐さんとでは違いすぎている。

 美術館をゆっくり観て外へ出ると、人通りが多く、広場の方でイベントをやっているみたいだ。

「亜嵐さん、広場でなにかやっているようですね」

「行ってみようか」

 私たちは広場へ歩を進めるが、頻繁に見かけるカップルのように腕を組んだり手をつないだりはしたことがない。

 この一年間、まともに触れられたことはなく、物足りなさを感じていた。

 未成年の婚約者を持ったばかりに行動が制限されているのを、亜嵐さん自身はどう思っているのだろうか。

 途中、道端の掲示板で台湾フェスティバルが開催されているのを知った。

 カップルや女性のグループなどがタピオカの飲み物を飲みながら歩いている。台湾フェスティバルで買ったのだろう。

 会場では台湾の食べ物や飲み物が売られており、辺りにはいい匂いが漂っている。

 亜嵐さんはタピオカ黒糖ミルクティーを買ってくれ、まだ十五時頃にもかかわらずほかの店を見ながらしばし台湾の夜市の雰囲気を楽しんだ。

「亜嵐さん、本当に飲まないんですか?」

 プラカップにストローを入れたばかりなので、彼に差し出す。

 亜嵐さんは笑いながら首を横に振る。

「見ただけで甘そうだ」

 たしかに、甘いものをあまり食べない彼にはこの飲み物は甘すぎるかも。

「あ! じゃあ、アイスコーヒーを買ってきます」

 十メートルほど先に、コーヒーのキッチンカーが目に入り、向かおうとしたところを背後から腕を掴まれてうしろに引き戻される。寸で、こちらを見ていない男女のグループが通り過ぎた。

 私は飲み物を持っていたから、ぶつかったら双方の服を汚してしまっていたはず。

 彼の手が腕から離れ振り返ると、思いのほか亜嵐さんのつけている爽やかなフレグランスが香るほどに近くて、心臓がドクッと音を立てた。

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