婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
「あ、亜嵐さん、ありがとうございます」

 一歩亜嵐さんから離れても、まだ激しく打ち鳴らす鼓動は治らない。

「いや、強く引っ張ったから痛かっただろう? 大丈夫?」

「はい」

「コーヒーは別のところで飲もうか。ここを離れよう」

 私たちは車を止めているパーキングへ戻ることにした。

 その後、銀座のカフェでお茶をして、お台場へ移動し海の見えるホテルで夕食を取る。

 ホテルのレストランからは、東京湾にかかるレインボーブリッジが眺められる。ライトアップされている景色を見ながらの食事は私のお気に入りで、この一年間で何度も連れてきてもらった。

 刻一刻と、婚約解消を申し出る時間が近づいてきている。

 コーヒーを飲んだ亜嵐さんの片方の眉が上がる。

「一葉ちゃん? 今日はいつもよりも口数が少ないな。どうした? 祖母のことで楽しめない?」

「……楽しめていないわけじゃないです。優しかった和歌子おばあ様が突然いなくなってしまって悲しいですが」

「祖母は、君とおばあ様と余命を過ごせて幸せだと、いつも言っていたよ」

 婚約解消を提案するのなら今だと思うのに、口に出せない。

 亜嵐さんを愛する気持ちを自覚しているから、私からはやはりどうしても離れがたく、決断できないでいた。

「おばあちゃんも落ち込んでいますが、時間が解決するはずです」

「そうだね。さてと、九時か。そろそろ出ようか」

 彼は立ち上がり、私のところへ来ると椅子を引いてくれる。

 亜嵐さんは本当に紳士的で非の打ちどころがない人だ。

 ホテルのエントランスで彼の愛車に乗り込み出発する。土曜日のお台場の道路は混んでいて、彼はゆっくり進めながらオーディオにかける曲を選んでいる。

 四十分ほどで自宅には到着する予定だ。

 婚約解消話なんて、十分程度で終わるだろう。

「あの、亜嵐さん」

「ん?」

 運転中の彼は、前方へ視線を向けながら短く返事をする。

 亜嵐さんにも聞こえそうなほど、こんなに心臓がドクドクと暴れるのは初めてで、手も震えてくる。

「亜嵐さん、私たち……婚約解消しませんか?」

 運転中の彼は赤信号でブレーキをかけ、助手席の私へゆっくり顔を向けた。その表情は驚いたというより、眉根を寄せて怒りを抑えているように見える。

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