婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 彼女の言葉を思い出したが、唇を引きしめて首を横に振る。

「花音か……」

「違いますっ」

 亜嵐さんの断定に言葉を強くするも、頬を軽くつままれた。

「一葉は嘘が苦手なんだな。すぐにわかる。花音は祖母の葬儀の前にも別れた方がいいと俺に進言したから。ああ、あのときだ。ハンカチを棺に入れたいと」

「ごめんなさい。亜嵐さんを探していたら、声が聞こえてきて。でもイタリア語だからなぜ花音さんが怒っていたのかわからなくて」

 髪をなでられるのがとても心地いい。ううん、亜嵐さんに触れられているだけで、ふわふわする。

「忙しかったせいで、後で話すつもりができず、一葉に迷惑をかけた。すまない。花音は、俺が祖母の願いのためだけに君と婚約したと思い込んでいたんだ。ちゃんと話をする」

「……花音さんは亜嵐さんを思って言ったんです。あなたは今まで自分を犠牲にしてきたと」

「自分を犠牲に? そんなつもりはないが」

 亜嵐さんにはわからないみたいだ。

「一葉、こうして君に触れたが、愛し合うのは二十歳になるまで待つ」

「亜嵐さん……」

 彼はもう一度私を抱きしめ、当惑する私の唇にキスを落とした。

 翌朝、目が覚めても幸せな気持ちが続いていて、日曜日だというのに珍しく五時に起きた。

 今日亜嵐さんは神戸にある店舗へ出張しなければならなくて会えないが、寝ているのがもったいないほどいい気分で、ウォーキングをしようと思い立った。

『愛し合うのは二十歳になるまで待つ』

 約半年後、亜嵐さんに綺麗だと言われるように自分磨きをしなきゃね。

 Tシャツと綿のパンツをはいて、ランニングができるようにスニーカーで外へ出る。普段運動はほとんどしないから、すぐにウォーキングになるだろう。

 早朝はまだ暑くなく、これなら少し遠くまで行けそうだ。

 自宅から飯田橋方面へ向かい、恋愛を成就させてくれることで有名な神社を通って、皇居を囲む千鳥ヶ淵で少し休憩する。

 千鳥ヶ淵は春にはたくさんの桜が咲き、その頃は花見客でいっぱいになる。

 柵に寄りかかり、途中の自販機で購入した五百ミリリットルのペットボトルの水を飲み干した途端、汗が滝のように流れる。

「デトックスしているって感じ。もうすぐ七時か、帰ろう」

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