婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 たしかに和歌子おばあ様は。日本に住んでいるよりイタリアの方が長い。海外には興味があるし、一度はイタリアへ旅行してみたいと思っていたから、向こうでの生活を聞くのも楽しいだろう。

「うん。また機会があったら、和歌子おばあ様に会いたいな」

「すぐにあるよ」

 祖母はしわのある顔をほころばせた。

 夏はわが家の蕎麦屋はとくに忙しい。さっぱりしたかけ蕎麦などを食べたいお客様が多いのだ。

 バイトをよそでするのならうちでやったらいいと、父に勧められて忙しいランチタイムの四時間ほど働いている。

 八月に入ってすぐの木曜日、ランチタイムのアルバイトを終える間際、自宅から祖母が店に現れた。

「一葉、和歌子ちゃんにお蕎麦を届けてほしいだよ」

「え? 私だけ? おばあちゃんは?」

「私はこれからいつもの通院があるんでね。お蕎麦がおいしいって喜んでくれていたから。あ、お孫さんもいるらしいよ」

 前回話に出ていた二十一歳の大学生のお孫さんが、日本へ来たんだね。

「うん。わかった。シャワーを浴びて着替えてから行くね」

「はいよ。あ! 着物で行ったらどうかね? 珍しいと、きっと喜んでくれるよ」

「えーっ、電車に乗ると目立っちゃうからな……」

 中学、高校と茶道部にいて、何着か祖母が買ってくれているのがある。

「そんなふうに思うのは自意識過剰ってもんだよ。ほら、桜色の紗の小紋があっただろう。あれがいいよ」

「自意識過剰って、おばあちゃんっ、そんなこと思っていないからね」

 容姿から言えば、もう少し鼻は高くなってほしいし、目はクリッとした大きさではなく切れ長になりたい。スタイルだって、メリハリボディになりたい。

 自意識過剰というよりは、自信がないからあまり人に見られたくないのだ。

 頬をぷーっと膨らませて怒ってみせると、祖母は「そうだねぇ。もっと自信を持ってもいいくらいだわね」と笑った。

 祖母に着付けてもらった桜色の小紋に、借りたクリーム色の名古屋帯で身支度が完了した。帯には金魚が所々に刺繍されているので、これで少し涼が取れるのではないかな。

 父の手打ちそばとおつゆが入った風呂敷を持って、和歌子おばあ様の家へ向かう。風呂敷は祖母が器用に持ち手を作ってくれたので、ショッパーバッグのように持っている。

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