月のひかり

 実家を出たのは高校卒業の年だから、七年前。あの頃の紗綾は、実際の年齢よりも幼く見えた。十二歳ぐらいなら男子より体格のいい女子も結構いたと思うが、彼女はかなり小柄な方だったのだ。
 今でも小さくて細いのは変わらないものの、さすがに昔ほどではない。あの頃は背が、こちらの胸の高さぐらいでしかなかった。今は、百七十六センチの孝の肩と、頭がほぼ同じ高さで並ぶ。百五十プラス二・三センチというところだろうか。
 その紗綾が今年大学に、しかも孝の母校に入学したという。
 一応は難関大に分類されている所だから、試験勉強は頑張ったのだろう。彼女の学力を正確には知らないが、家に来ていた頃の、宿題に関する質問の仕方を思い出すに、特別悪くも良くもないレベルだったはずだから。
 そして、一見してすぐにはわからなかったほど、全体の印象が大人びている。実家に帰った時に挨拶をすることぐらいはあったが、せいぜい年に一・二度。ほとんど帰っていない最近の何年かは、顔を合わせた記憶も皆無に等しかった。
 だから、紗綾の変化がやけに極端に感じられる。
 もともと、可愛らしい顔立ちではあった。入学式などで着飾った時などは、子供モデルになってもおかしくないと、孝の母親あたりが誉めそやしていたものである。
 今は──十代の、しかも女の子の七年はまさに、幼虫がさなぎになり蝶に変わるための年月なのかも知れないと思う。ストレートに言えば、立派に年頃の女性として成長していた。こうやって間近で見ると、微笑んでいる顔はあどけなさが残りつつも魅力的で、たいていの人は目を留めるだろうと思う。
 あの夜の土居の「結構可愛い子」発言にもうなずける。彼は、半分無意識だが相当な面食いなのだ。
「なに?」
 包みを開く手を止め、紗綾が首を傾げてこちらを見た。そこでようやく、彼女をじろじろと、わりとしつこく見てしまっていたことに気づく。
 湧き上がってきた気まずさを隠すために「あー、いや」と言いながら一度視線をそらし、思いついて目をテーブルの上に向けた。
 1DKの、台所兼その他用として使っている玄関側の部屋。大きくはないテーブルの上には所狭しとタッパーが、さらには重箱が並べられている。
「その、ずいぶんたくさん持たされたなと思って」
 孝が指差す先をたどって、紗綾はまた笑った。
「あは、そうだね。おばさんすっごい気合い入れて作ってたよ、朝早くから。わたしもちょっと手伝ったの」
「だったら、適当なところでやめとくように言ってもらいたかったかな。それ、絶対一人で食べきれないって」
「うーん、まあ途中でそう思わなくもなかったけどね。でも、おばさんがものすごく一所懸命だったから、水を差すようなことは言いにくくて。半分ぐらいは冷蔵庫に入れとけば一週間ぐらいは保つから、いいかなーとも思ったし」
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