月のひかり
「わかった、気をつける。せっかく会いに行くきっかけができたのに、怒らせて台無しにしたくないもん」
「そうそう、焦っちゃだめよ。たまにあんた、思い込みとか勘違いで突っ走っちゃうことあるから……にしても、うまいこと口実ができたよね。向こうのお母さんの頼みなら、不自然じゃないもんね」
「うん、仲良しでよかったって、今すごく思う」
「そういう意味では幼なじみって得だねえ。相手の親のこと、ある程度はわかってるから気楽だし」
「……けど、幼なじみな分、難しいんだけどね」
性別が違うし年も離れているから、子供の頃からしょっちゅうかまってもらえたわけではなかったけど、面倒を見てくれる時の孝は穏やかで気さくで、優しかった。……それがあくまでも隣の子、もしくは妹的な存在に対する扱いだったことは、ちゃんとわかっている。
どうしたら一人の女の子として見てもらえるか。正直言って、今はまだ見当もつかなかった。そんなことがわかるような経験は積んでいない。なにせ、誰かと付き合うどころか、告白も、その前段階としてのアプローチさえも、したことがないのだから。
「たしかに、なまじ親しいと逆に、恋愛モードにはなりにくいっていうけど」
「でしょ。……ていうか、幼なじみって言っても、それだけだし……同じ大学入ったからって、何にも用事ないのに会いに行く度胸はなかなか持てなかったし。おばさんの話に出なかったら、まだ先延ばししてたかも」
「だから、渡りに船だと思ったんでしょ、紗綾も」
気弱な物言いになったところを、ぴしゃりと叩くような舞の声。
「そういう、自信なさげなことは口に出さないの。あんまり言ってるとほんとにその通りになっちゃうよ。言葉には言霊があるっていうでしょ」
「舞らしいこと言うね。さすが日本語学専攻」
「こら、茶化すな。とにかく、前向きに行くしかないじゃないの。違う?」
「──うん」
舞の言う通り、すぐに腰の引けたことを口にするのは良くない。何のために辛い受験勉強に耐えて、今の大学に入ったのか。
孝との間に、幼なじみ以外のつながりをひとつでも持ちたかったからだと、紗綾はあらためて自分に思い出させた。
それだけでは結局、一人で会いに行く勇気が出せなかったのは確かだけど、今は無理のない口実がある。得られたチャンスを最大限に生かすことを考えなくては、先に進めるわけがない。
「そうだね、前向きに行くしかないよね」